SEAVAN-シーヴァン編【未完】
それは異様な光景だった。明らかに議員などよりも若い男が、閉じていく扉の隙間からでもはっきりと分かるほど、他を圧倒していたのだから。もし彼がシーヴァニスで、見た目よりも実際は歳を経ているのならば理解できなくも無い。しかし、軍人ですらないシーヴァニスが、あの会議の中に入ることなどありえるはずがなかった。
いったいあの男は何者なのか。考えたところで、答えが出ることなどないと分かりきっているようなものなのに、自分は気がつくと考えていた。寒くも無いのに、あの闇色の双眸を思い出して、全身が震えた。
「シーヴァ」
急に思考を支配していた黒が晴れた。視界に、今まで見えていなかった周囲の様子がなだれ込んでくる。
ミレニアが、ずっと考え込んでいた自分に対して怪訝な視線を向けていた。
「そろそろ終わるらしいぞ」
そう示す壁の向こうが、確かに騒がしかった。すぐに、椅子を引きずる音が立ち始める。
その音を聞いて、自分達は共に廊下へと出た。
ミレニアの表情が、実はいつもより強張っていたのだが、自分はそのとき気付かなかった。
廊下にて、退出していく議員達を見送る。いつものように彼らは談笑しながら去っていくのだが、その表情がいつもよりもぎこちない。あるものなど、顔を真っ青にしてそそくさと出て行った。
そんな集団を見送ると、最後にあの男が出てきた。今度こそ見た顔は、たとえようが無いほど美しく、そして恐ろしかった。
「失礼」
ただ一言、男はこちらにつげて自分達の前を通り過ぎる。その間、自分の手足はまるで凍り付いてしまったように、微動すらできなかった。
「どうした、シーヴァ」
その声にはっと我に返った。最後に、セナがアラムを伴って部屋の中から出てきたのだ。彼女は硬直した自分に好奇の視線を向けていた。
なんでもないと、首を振って返す。そのときだった。
「大総統閣下!それに、アライム=マーナー殿」
突然、柱の影からひらりとマントをはためかせて、現れた人影。演技がかった仕草で、男が頭を垂れた。
それは、貴族側の末席に座していた商人ギルドの代表だった。顔を上げ、男は二人に向けてどこか皮肉な笑みを浮かべた。
「閣下におかれましては初めてお目にかかります。私、商人ギルド長ヒューゴの不肖の息子リュートと申します以後お見知りおきを」
深々と腰を折り曲げ、リュートと名乗った男は唇の両端を吊り上げた。
「此度は父の病篤く、私めが代理としてこのような重大な会議に出席させていただきました。つきましてはそのお詫びをと思いまして」
す、とリュートが右手を差し出した。自分は反射的に身構えた。しかし、セナの目の前で止められたその手には何もなかった。
くるりとリュートの右手が翻った。すると奇術師がよくするように、その手の中には真紅のバラが現れた。
「やはり、貴方のような美しくも強いご婦人には赤いバラがよくお似合いです」
ふと、セナの口の端に嘲笑が上った。
「道化にしてはありふれた賛辞だな」
「あいにくと詩才は持ち合わせなかったようでして」
ますます、リュートの皮肉ったような笑みが強まった。
「だが、せっかくだ。頂いておこう」
紅のバラを、セナはリュートの指から抜き取った。
確かに、セナの姿に赤いバラは映えた。身に纏った白と艶やかな黒髪の合間に、バラの紅がちょうどアクセントとなって、セナ自身を一層華やかに見せる。
その姿を、リュートは満足そうに目に納め、それからアラムへと視線を転じた。
「アライム=マーナー殿には、お久しぶりですと申しておきましょう」
「ええ、お久しぶりです。リュート殿」
アラムの表情が、先ほどよりずっと和やかだと言うことに、自分は気がついた。
どうやら2人は既知の仲であるらしい。アラムの眼差しが、リュートを見て懐かしそうに細められる。
そのアラムの前に、今度はリュートの左手が差し出された。再び翻ったその手には、今度は白いバラがあった。
「赤いバラもいいが、やはりあなたには今も白いバラがお似合いだ」
一瞬アラムはそのバラを受け取るか躊躇する。それをどうかお受け取りくださいと、リュートが無理やり彼の手に白バラを握りこませた。
「もしよろしければ、私がお二方を再び結びつけるために微力ながら尽力いたしましょう」
添えた言葉に、アラムはわずかばかり視線を伏せた。
「申し訳ないけれど、私にはもう、白バラは似合わないでしょう。ですが、あなたが力を貸してくれるというのなら、とても心強い」
言葉を一言一言注意深く選んで、アラムは再び顔を上げた。微苦笑という表現が最もふさわしいと思える表情だった。
2人の視線が僅かの間、交差した。
リュートは再び芝居がかったお辞儀をして、去っていった。
そして自分達も、ようやく廊下の先へと歩みだした。
セナが前を歩み、アラムがその後に従う。自分とミレニアはその更に後である。4人がまとまって移動する。その足音の中に、自分は硬質な響きと緩慢な響きの2種類を感じた気がした。
再び、自分達は例の塔へと向かっていた。今度はミレニアも含めて4人である。
塔の門をくぐり、再び中へ足を踏み入れる。昨日きたときとは違って、ホールにはいくつかの光球が浮かべられ、周囲を仄かな光で照らしていた。昨日のような陰鬱さは完全に払拭されていた。
初めて中に足を踏み入れたミレニアなどは、幻想的な光に純粋に目を輝かせる。
「これならば客人を呼んでも問題は無いな」
セナも周囲を見回して感心したように言う。
だが、アラムがその一言に眉をひそめた。
「客なんて聞いていないぞ」
「お前も喜ぶ相手だ。向こうも恋しがっているだろう」
意味深な微笑が、セナの目元と口元に現れた。
「これから迎えにいってくる。お前達は、上でアラムの相手でもしておいてくれ」
そう、セナは自分達に言いおいて、再び門をくぐった。セナが過ぎると、扉は自動的に軋みを上げて閉ざされていく。
完全にその後ろ姿が扉に遮られて見えなくなると、アラムはかすかな嘆息を漏らした。
「ともかく、上に行こう。ミレニアとも久々だし、せっかくだからゆっくり話でもしようか」
その提案でミレニアの表情がぱっと一瞬ほころんだ。だが、すぐにいつものひきしまった軍人の顔に無理やり戻される。
「そうあらたまらなくてもいいだろう。今はセナもいないし、それに今ぐらい昔に戻ってもセナは咎めないよ。シーヴァも、それでいいか?」
同意を求められて、自分はただうなずく。
むしろ、自分にはアラムがミレニアに対して自然に話し掛けていることが不思議だった。久々と言っていたからには面識はあるのだろうが、ミレニアからそんな話を聞いたことは一度も無かった。
そういえば、自分はあまりミレニアの過去をあまり知らないと言うことを、今更ながら思い至る。2年間共に仕事をしてきて、よく向こうからなんやかんやと話し掛けられ、おかげでお互いよく知っているような気になっていたが、実は何一つ知らないのだ。分かることと言えば、彼もまたノアだったと言うことくらいだろうか。
考えにふけりかけると、上へとアラムが自分達を誘った。
作品名:SEAVAN-シーヴァン編【未完】 作家名:日々夜