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SEAVAN-シーヴァン編【未完】

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「シーヴァ、わたしたちも下へ行くぞ」
 セナが視線で自分を促す。
 歩き出す彼女の後を、自分は常と同じく従って歩き始めた。
 一階のホールの一番奥に、開け放たれたままの扉があった。宙に浮かんだ光球よりもずっと強い日差しが、その扉の向こうから差し込んでいる。時折流れ込んでくる風が、中庭に咲き誇った花々の香りをホールの中に呼び込んでいた。
 外に出る。
 アラムの腕に抱かれたエレナがこちらに気付いて、にっこりと微笑んだ。今にも零れ落ちそうなほどに溜め込まれていた涙が、その拍子に頬を伝った。
「ありがとう……」
 息子が無事だったという喜びに耐え切れず、嗚咽交じりの声でエレナがセナに感謝する。無事、息子を取り戻してきてくれた恩人と信じ込み、再会を許してくれたことに歓喜して。
 エレナは本当のところを知らない。
 アラムはリムーアに囚われてなどいなかった。むしろ、そこに安住することを望んでいた彼を騙し、脅迫して連れ去ってきたのは自分達の方だ。
 そして今は、エレナ自身を脅しの種にしてアラムを縛り付け、繋ぎとめている。
 もしこの事実を知ったとして、それでも彼女は息子と再会できたことを喜び、セナに感謝することができるのだろうか。たとえ自分自身の命がセナのたった一つの簡単な動作で奪われてしまうということを知ったとしても。
 全てを、今ここで打ち明けたなら、この美しくももろい人はどんな反応を返すのだろう。
 だが、自分がそれを尋ねると言うことは、一生なくなった。
 ドンッ!!
 突然、空間が激しく強打された。
「きゃあ!」
「しまっ…!」
 足元を下から突き飛ばされ、エレナがよろめき、セナにぶつかった。その拍子だった。セナの手の中から小さな起爆スイッチが空中に投げ出されたのは。
 その一瞬が、やけにゆっくりと動いていたような錯覚を覚えた。
 セナの表情が引きつった。
 無意識に自分が飛び出そうとした。そのとき再び激しく体が、大地が、世界全体が突き上げられた。平衡感覚が保てないどころか、体が重力に逆らって一瞬宙に浮いた。
 大地が、空が、建物が踊り狂った。
 ボタンが地面にたたきつけられた。
 遠くに聞こえた大爆発と、それは重なった。
 三たび揺れる空間のなか、エレナの胸が内から突き破られた。真紅の液体と引きちぎられた肉の破片が宙に舞った。
 彼女の愛しい息子の姿をつい先ほどまで納めていた紫色の双眸は見開かれ、虚空を追いかける。
 紅の血しぶきを空へと放って、再び重力を回復した大地へと引き寄せられていく。
 どさりと、彼女の華奢な体は息子の腕の変わりに揺れのおさまった人口の大地に抱きとめられた。周囲の花びらが一斉に舞い上がった。その花弁は、どれも紅に染まっていた。
「母さ―――んっっ!!」
 アラムの絶叫が、周囲に響いた。
 既に動かないエレナの傍らに、アラムは力なく膝をついた。目の前の光景を否定しようとして、彼は何度も何度も頭を振る。体全体に取り付いた衝撃が彼の体を振るわせる。意味をなさない言葉は、叫び声にすらもならずに喘ぎとして虚空に散っていくばかり。
 やがて恐る恐る、彼はエレナの冷たくなった体に手を差し伸べ、紅に染まった土の上からその体を引き上げた。
 見開かれた目からは、未だ涙はこぼれなかった。
「アラム…」
 セナの呼びかけに、彼は反応しなかった。ただエレナの亡骸をきつく抱きしめ、表情を伏せていた。
「こんなつもりでは…」
 そう悔いるセナの表情も苦悶に歪んでいく。彼女もまた、エレナの突然の死に衝撃を受けていた。それが自分でもたらした死であるにも関わらず。なぜこんなことになったのかと。あの爆発さえ起きなければ。と。
 自分でさえ、そう思わずにはいられなかった。
 だがそう思った瞬間、自分の中から衝撃の余韻が急激に去っていくのが分かった。
 なぜ、爆発が起こったのか。
 ちょっとやそっとのことで、この帝都に爆発など起きるはずもない。
 何か大きな事故か、それとも作為的なものなのか。
 もし後者なのだとしたら?
 その瞬間だった。
 強烈な光が目を射抜いた。
 一瞬で、辺りは真っ白に染め上げられた。
 視界をかばう余裕などなかった。
 同時に頭上で、ガラスに亀裂が走るような音。
 『ソコカ、アライム=マーナー!セナ=ギリウス!!』
 続けざまに脳髄の奥が大音響に揺さぶられた。
 ガンガンと脳内に響く大声に、目を焼く強烈な光が周囲を襲った。
 何も見えない中、自分はアラムとセナがいた場所に感覚だけで駆け寄った。
 眩しさしかない光の中で、一瞬誰かの姿が見えたような気がした。
 『リムーアノ、リエレイノカタキ!!』
 再び脳内に響く絶叫。
 セリヌンに手をかけようとした。
「もう…」
 微かなアラムの声が耳のすぐ側を通り過ぎた。
「もう、誰も俺に構うな!!!」
 絶叫。
 底知れない圧力の爆発だった。
 まるで自分の体さえも押しつぶされてしまうかのような。
 空間が軋む。歪む。
 光さえも飲み込まれていく。
 
 気が付くと、自分は抉れた大地の上にいた。アラムの姿はどこにもなかった。
 あの謎の声も、強烈な光の世界も、そしてエレナの亡骸も。
 何もかもが、その場からは消えていた。
 巨大な力によって砕け散った塔の残骸と、倒れ伏したセナの姿だけだった。
 
 
 章1 了