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SEAVAN-シーヴァン編【未完】

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章1 3


 
 
 帝都フェルディエンの最下層は、言ってしまえばスラム街である。地面は剥き出しの岩盤で、その上にいつ倒れてもおかしくないようなぼろ小屋や、崩れかけた集合住宅などが立ち並ぶ。
 周囲を銀の鉄壁に囲まれ、完全な地下であるこの場所には、当然太陽の光が入ってくるわけも無く、常に薄暗い。明かりといえば遥か高い位置にある鉄骨むき出しの天井に、申し訳程度の白熱灯が灯っているだけ。
 そんな過酷な環境の中で生活しているのは、フェルディアス帝国において、被支配民として扱われているシーヴァニスだった。
 シーヴァニスとは、古の時代に存在した浮遊大陸「シーヴァン」に住んでいた者だと言われている。彼らは多くが他の人間よりも高い能力と老いることの無い肉体を持ち、それ故に現在ではこのフェルディアス帝国軍の中核を担っている。
 しかしそれはあくまで軍で登用するに値する能力を持った者たちである。それ以外の者たちは、この最下層で一生日の目を見ることもなく、ある種の見せしめとして生かされた。
 そのため、このスラムには若い姿をしていても活気と言うものを失った人間が多い。建物の影には生者なのか死者なのか区別のつかない痩せこけた体が横たわり、時折見回りに訪れる兵士たちには必ずといっていいほど、青白い顔の物乞いが群がる。
 変化という変化は無く、ただ永久に繰り返し続ける時と空間があるだけ。
 時折、日々の配給を奪い合う小さな諍いが発生する以外は、何も無い。
 しかしその日、退廃したスラムの一角に小さな熱と激情が存在していた。
 今にも崩れそうな石の壁が突然の強い衝撃に揺れ、ぱらぱらと天井から欠片が降った。中央に置かれたベッドには、血の染みた包帯姿の、一人の女が横たわっていた。特徴的な青い髪に、まだ生々しく赤い血がこびりついている。
 それを囲む男たちの一人が、血管を浮き出させた拳を壁に叩きつけた。
「畜生!」
 再び壁が揺れた。
「やめろ、オーガス。家が壊れる」
 ベッドの前で女に寄り添っていたまだ若い男が、オーガスと呼ばれた男とは反対に冷ややかな声で制止する。
「でもなカイム! 悔しくないのか!!」
 オーガスと呼ばれた男は、自分の感情を抑えきれず、カイムと呼ばれた青年に向かって吠えた。
「リムーアにいた奴らはみんな死んだ! 降伏したにもかかわらずだ! リエレイ様だって…! それなのにあいつは、あの野郎は生きてやがる!」
「そうだよカイム! そもそも、あいつがあのアライム=マーナーだったって言うじゃないか! あいつは俺たちを騙してたんだぜ!?」
 オーガスの激情に、傍らに立っていたまだ幼い少年もたまらず身を乗り出した。それにつられて、他の男たちも口々に今まで溜まりに溜まっていた感情を、一斉に吐き出した。
「そうだ! あいつが、アライム=マーナーがリムーアを売りやがったんだ!」
「これで、黙ってられるのかよ! おまえだってリエレイ様を失って…誰より悔しいはずだろ!」
 次から次へと湧き上がる周囲の声に、ベッド脇の椅子に座り込んで顔を俯かせていた青年は、ようやく辺りを見上げる。
 その瞬間、周囲の男達はそろって身を竦ませ、顔を引きつらせた。
 異様な、金色の左眼。それがこの狭い小屋の中で、鮮やか過ぎるほどの光を放ち、辺りを圧倒した。
「オーガス」
 名を呼ばれた男が、先ほどまでは怒りにのた打ち回っていたと言うのに、今は半ば脅えたように震えている。
「準備はどうなっている?」
 あくまで冷静な声だった。一瞬何を聞かれたのか分からなかったらしいオーガスが、あたふたと戸惑いながら答えた。
「いつでも出れるぜ。今はもうリエレイ様はいないが、お前がいてくれるんだ。出れないわけがねぇ」
 周りにいた者たちもオーガスの言葉にうなずく。
 だが、それに異を唱える声があった。
「ダメ……!」
 弱々しい声ながら、それは男たちの注意をひきつける。その視線が集まった中心。ベッドの上に横たわっていたはずの包帯姿の女が、身を起こして男たちに険しいまなざしを向けていた。
「ニーディア! 今は起きない方がいい!」
「あたしのことはいいんだよ! それより……っつ」
 慌てて誰かが彼女のことを寝かせようとするのを、ニーディアと呼ばれたその女は手荒に払いのけた。だが、その衝撃で走った痛みに、彼女はうめく。
 すでにあちこち赤の混じった包帯に、また赤い血がにじみ始めた。
「ニーディア、今は休め。傷に触るぞ」
 カイムが身をうずめるニーディアに支えの手を差し伸べようとした。それもニーディアは払いのけ、逆にカイムの身体にしがみつく。
「今は、ダメ……。リンゼルが、メレンデに救援を頼んでる……。それを待ちなさい……!」
 切れ切れの吐息。血の気は無く、青白い顔に浮かぶ脂汗。そんな状態なのにニーディアは弱々しい力で持ってカイムにすがりつき、説き伏せようとする。
 だが、カイムの表情は変わらなかった。
「ニーディア、オレはこれまで散々待ってきた。だが、その結果がこれだ! これ以上待つことなんてできるわけがない!」
 煌く金の眼。その激しい輝きに、ニーディアも男たちも共に息を飲む。
 カイムがニーディアの前から踵を返した。
「待ちなさい、カイム!!」
「今日で全部終わりだ。フェルディアスを、潰す!」
 ニーディアの悲鳴に近い静止の声は、カイムの宣言とそれに続いた男達の歓声にかき消された。
 残ったのは、怒りと憎悪によって狂った激情の渦だけだった。
 
 王都フェルディエン最上層、王宮。その中にある議事堂に、その日主だった貴族と軍幹部が集められた。
 警備のために扉の前に立ったシーヴァンは、その各々の席の主を眺めやる。中央の玉座を挟んで、向かって左側に各軍独自の色を纏った将軍達。それから右側に、小太りや禿げ頭をきらびやかな衣装で包んだ、貴族らしき滑稽な男達が座している。
 だが、その席はすべてが埋まっているわけではなかった。特に、ほぼ全席が埋まっている軍幹部側と比べ、貴族席の筆頭になる一席が空いているのがやけに際立っている。
 その席は前帝王正妻の子、現帝王の異母兄に当たり、正統な帝位継承者であったにもかかわらず臣下に下った、フェルアイゼン公セイルの席である。彼の人は2年前の暴動以降、ほとんど王宮に現れることが無かった。おそらく、今回も来ることは無いのだろう。既に開会の時間は迫り、そろそろ正面の入り口は閉ざされようとしていた。
 そのとき、不意に近場から声がシーヴァンの耳に飛び込んだ。
「ったく、重大って言う割には人もろくにいない。一体何があるってのかね」
 貴族側の末席で、一人の男が呟いた。扉の前に立っていたシーヴァンに辛うじて聞こえる程度の小声だったため、議場全体には聞こえない。しかし、男の周囲に座っていた人間が軽く咳払いをする。それを受けて、男は軽く肩を竦めて椅子の背もたれに身を預けた。