Over the rainbow
二百年以上も昔、地球には「スカイツリー」という名の電波塔があったという。現在この星にある、地表からの高さ二千メートルの宇宙観測塔は、それに似た形状の建築物だと云われている。但し規模は地球にあったものの六倍くらいだ。その上部、高さ千七百メートルの場所に、市川の仕事場である宇宙観測室がある。所長の牛尾に連れられて柚里がそこに現れたのは、午後四時過ぎのことだった。市川はその美しい新人にひとめ惚れした。
「市川君。五時半に居酒屋『時空』だ。遅れないでくれよ」そう云うと多忙な牛尾は、所長室に戻ると云い残して出て行った。所長室は地上から千メートルのところにあった。
「奈良井さんですね。私がここの主任の市川です。よろしくお願いします」
市川はにこやかに挨拶し、手を差し出した。
「今日は朝から新人研修を受けていました。わたしのほうこそ、よろしくお願いします」
柚里は市川と握手をしながら、輝くような笑顔で挨拶した。市川は自分が今後一年以内に、その娘に対してプロポーズをするだろうと思った。
「日本国民が地球を脱出してから、今年で三十年です。私はここへ来る移民船の中で生まれた人間です。ご存じでしたか?」
「市川さんが?そうなんですか?!それで、お母様はご健在でしょうか」
「残念なことに、母はこの星の上に立つことなく旅立ちました」
「そうですか。哀しいことを思い出させてしまいましたね。ごめんなさい」
「そんなことはありません。私は家族同然の研究員たちに囲まれていますからね」
市川は相変わらず微笑みながら云うと、視線を転じた。
作品名:Over the rainbow 作家名:マナーモード