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「ツアコンは見た!」

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 その後、途中の山小屋で昼食をとり、フリータイムに入った。
 余力のある希望者はガイドと共に展望台を目指し、私は残りのメンバーに付き添う形で来た道を引き返し始めた。
 長い一本道をそれぞれのペースで進む。集合場所は先程の駐車場だ。ゆっくり歩いても、まだ時間には余裕がある。
 幸い霧も晴れてきた。このままいけば、あとで麓の湖を散策してもいい。私は最後尾で腕時計を眺めながら午後のスケジュールを考えていた。

 そんな中、すぐ前を歩いていたOさんがぽつりと一言つぶやいた。
「お花がきれいね」
 行きは上ばかり見ていてあまり気にとめなかったが、反対側の斜面には所々に黄色いアルプスの花が咲いていた。
「少しだけ、寄り道をしてもいい?」
 私が頷くなり、Oさんは列を外れ、若草の茂る斜面へと踏み込んでいった。よほど遠くまで行かない限り危険はなさそうだが、辺りには小石も転がっている。万が一のことが起きては困るので、私も彼女の後を追った。

 草むらにしゃがみ込んで花を摘むOさんは、可憐な少女のようだった。
 この花の名前は何だろう? 高山植物の資料で調べてみるが……分からない。
 何のための添乗員だ。こうしている間にも他のメンバーとの距離は広がっていく。自分の無力さに、焦りと苛立ちが募った。
 ふと横を見ると、Oさんは小さな花束を片手に、もう片方の手で近くの小石を並べていた。何か文字を作っているのだろうか? アルファベットの……T? いや、違う。
「J、ですか?」
 上から覗き込む格好で私が尋ねた。
「ジュンペイ。主人の名前」
 そう言って、少し照れたように彼女は空を仰いだ。
「少しは近くまで来れたかしらねぇ? お元気ですか? おとうさん」
 微笑む横顔が、雄大なアルプスの景色に溶けた。
 理解した途端、無意識に体が動いていた。私は駆け出し、近くにあった石をかき集めた。
 そして、私達は名字のイニシャル、「O」の文字を作った。
 白い小石を並べながら、Oさんはご自身のことを話してくれた。
 半年前に病気でご主人を亡くして以来、ひとりきりで何をしていいか分からなくなっていたこと。塞ぎ込む様子を心配した息子さん達が、気分転換にと海外旅行を勧めてくれたこと。
作品名:「ツアコンは見た!」 作家名:樹樹