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てっしゅう
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novelistID. 29231
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哀恋草 第五章 都落ち

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「これはこれは、貴重なものを・・・久しぶりに口にいたしまする」義経は上手そうに飲み干した。影光も同じように飲み干した。一蔵が都の様子を話し始めた。

「京より帰りましたものが申すには、鎌倉殿は各地に守護と地頭を着々と置き、一層の義経様追討の配備を強めておる様子にござります」
「なんと・・・兄上もそれほど私のことが憎うござろうとは・・・無念でござる。この身に謀反無しといい含めて使者を送り申したが・・・斬られて首を四条河原に晒される始末。家臣の景時(梶原景時)ごときの進言を鵜呑みにされ、政をなされることが口惜しゅう・・・思われまする」

景時は頼朝挙兵の折追い詰められた石橋山での戦いの折、その命を救ったという事で、以来頼朝の信頼が厚く、廻りの古参御家人達に対しても強い立場で接している人物だった。驕れる平氏が久しからずの言葉は、そのまま景時にも当てはまってしまうことが、戦乱の世の悲しさを思い知らされる。


「ところで作蔵、みよがこと言い含めて置かれたであろうな?」
「兄上、みよには申し伝えまして仰せのとおりにいたしまするゆえ、ご安心召されませ。義経様にはみよが世話を致しますので何なりとも申し付けいただきとうござりまする」
「作蔵殿、身に余るご好意、九郎には勿体のうござる。世間体をつくろうだけのことゆえ、みよ殿には今までどおりにお振る舞い下さるようにお伝え願えまいか・・・」
「義経様、世間を欺くには身内からと申しまする。なにとぞそれらしゅうお振る舞い下さいます事、重ねてお願い申し上げまする」

義経はもう断れなかった。同年に近いみよと夫婦のごとく過ごしてゆく覚悟を決めなければ、身の安全やここに居るそれぞれの好意を無駄にする事になると、感じ取っていた。若く飛び切りの美人と初めて見た時に感じた光とは、妹のような付き合いにしかなれないことが、悲しくもあった。みよはみんなの前で挨拶をし、義経との夫婦を演じる覚悟を誓った。戦乱の世の女の悲しみをまた1つ背負ってしまったみよではあったが、傍に自分を一番慕ってくれる光が居る事で、安堵感と生き甲斐が持続出来そうに思えていた。

明日の朝には一蔵は光を連れて吉野に帰ってしまう。そして影光も同行する。残されたのは父作蔵と自分だけになる。義経は優しい人のように見受けられたが、みよにはなにやら一抹の不安が消せないでいた。光と今宵の湯殿も同じにした。こみ上げる切なさがみよを襲っていた。光はそんなみよの顔を初めて見た。

みよと光が湯殿に入ったのを確かめて、久は居間で寛ぐ影光に近づいた。目線があって影光は義経に会釈をしてその場を立った。隣の間に席を替えた二人は声を潜めて話し始めた。

「影光殿、私は一刻も早く勝秀殿にお逢いしとうございます。何かお知りのことがございましたらお聞かせ願いとうござります」
「久どの、何も知らぬゆえお答え出来ぬが、京の様子は先程の話では、義経様の捜索に躍起になっている模様。お隠れになっていると思われる勝秀様には却って好都合の様子。ご心配召されずに待たれてはいかがであろう・・・」
「私は一蔵様にはご恩があるゆえ身勝手は出来ませぬが、そなたにはこの久が思いを叶えて頂けるよう、京の様子を見てきて欲しいと願うのですが、ご無理は聞いて頂けぬものでしょうか・・・」

影光は腕を組んで目を瞑っていた。自身も義経の安堵のために京近辺の様子を探りたいと考えてはいた。二人の思惑が一致したことで、影光は承諾の返事を久に伝えた。

「久どの、分かり申した。この身も訳あって京の様子を探りたいと考えていたゆえ、少しそなたの願い事にも気を配り申そう。殿のお許しを頂き、一蔵殿にも申し伝えて、明日にでも出立しよう」
「本当ですか?ご恩に感じまする。ところで義経さまはみよを大切になさって下さるのでしょうか?」
「・・・殿は優しいお方ゆえ、仲良うされると思われまするが、みよ殿がどう感じておられるかじゃのう・・・殿のことを」
「みよは・・・きっと・・・好いてゆくと思いまする。本当の契りを結ぶことになろうかと、そんな二人に見えてございます」

影光は久の言葉に女心の悲哀を感じて何か物悲しくなっていた。影光自身は身を固めることなくここまで来ていた。久の柔らかい物腰や三十路の色気を垣間見て、自分を見失いそうになっていた。

光はみよの背中を流してやっていた。その背中に語りかけるように話した。
「姉上は義経様をどう思われているのでございますか?」
「うん?どうって・・・夫婦になるのですよ・・・お慕いしなければと・・・お優しい方だと良いがのう」
「形だけではなかったのですか?心も身体も・・・なのでしょうか?」
「そのようなことを仰せつかったわけではないが、世間が夫婦と認めるように振舞わないとなりませぬゆえ・・・のう、光、本当の夫婦のようにするやも知れぬぞ・・・」

そういって泣き出した。堪え切れなかった感情がその言葉を発した途端、溢れる涙が堰を切ってしまったのだ。光は自分も悲しくなって、みよの背中にしがみついて一緒に泣いた。みよが可哀相でならなかった。身体はまだ十分ではなかった光だが、心はすっかりと大人になっていた。

「姉上、もうお泣きくださるな。光は辛ろうござります。明日から光はここに住まわせて頂きます。一蔵殿がなんと申されようと、作蔵様がお咎めされようと、決めましてございます。叶わぬことなれば・・・叶わぬことなれば、死ぬる覚悟で・・・ございます」
「光!それほどまでに私のことを・・・そなたを悲しませるような事はこのみよがさせませぬぞ。死ぬる時は同じ、しかと心得なさいませ!」

振り返ってみよは光の身体をしっかりと抱き寄せた。湯船から立ち上る湯気が天井から露となって落ちて来るまで、二人はずっと抱き合っていた。

みよと光は湯殿を出てからも同じ褥で語り合い、お互いを励ましあって時間を過ごしていた。もう辺りが薄明るくなってきて夜明けが近くなっていた。なにやらごそごそこんな早い時間に物音がしたので、みよは襖を開けて様子を窺った。義経の寝所から影光が忍びの衣装に着替えて出かけて行くところだった。

「光!影光殿が忍び姿で出かけましたぞ!」
「なにか急な御用向きでしょうか・・・」
「聞いておらぬゆえ、そうではなかろう。殿に聞いてまいるゆえ、待っておられよ」

上っ張りを羽織って、義経の部屋へと入っていった。
「このような時間に申し訳ございませぬ。今影光殿がなにやら急ぎのご様子にて出立された由、気になりましてこちらへ仕りました。お聞かせ願えれば安心でござりまする」
「うむ、気にせぬともよいが、京まで様子を探りに行かせたゆえ、ご安堵されよ。勝秀殿のご無事も確かめるよう言い聞かせたゆえ」
「そうでござりましたか。戻りまして光にも安心させとうございます」
「そうされい。義経もあと一眠りするでのう・・・」
「心得ましてございます」

部屋に戻ったみよはそのことを光に話した。父勝秀の事が何か分かれば、と期待する反面、無事の知らせがなかったときには自分や母久がどれほど落胆するであろうか、そのことも憂いてならなかった。