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てっしゅう
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哀恋草 第五章 都落ち

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「・・・そうじゃ、初めは後白河家に仕える方の家臣であったが、平氏が敗れて、その身を案じた後白河様が仲の良かった九郎殿に引き合わせたのじゃ。こんな世の中、昨日の友は今日の敵、昨日の敵は今日の友。悩んだ挙句信頼の厚かった後白河様に仰せに従ったようじゃ」
「では、我殿、勝秀様も顔見知りじゃと・・・そうなるのですか?」
「うむ、きっとそうに違いないが、九郎様は勝秀殿にとっては仇の相手。その家臣、影光とて同じ思いになろうぞ。これからいう事が、肝要なる故、しかと心得よ」
「・・・はい、承りとうございます」

夜が更けるのを惜しむように、久は一蔵との話を続けていた。

影光はその身軽さで八里ほどの距離を半日で歩いてきた。まず炭焼き小屋にいる義経の元に行き、一蔵がところでの話を奏上した。そして、自分ひとりで作蔵の所へ信書を渡しに行く願いを得た。玄関に立って名を名乗り、中から出てきた作蔵と対面した。

「突然にてご無礼仕ります。私は摂津の出、影光と申す、茶の商人でございます。訳あって一蔵殿にお会いしこれなるあなた様への書を預かってまいりました。お読みいただき、その後私の話をお聞き戴ければ、嬉しく存じます」
「そうでござったか。ひとまずは中にお入りくだされ。みよ!居間にご案内して差し上げなさい」
「これは、ご親切に・・・ありがとうございまする」

居間に座った影光のところへ光は茶を持ってきた。
「光にござります。粗茶を・・・」
「お気遣いかたじけのうござる」
じっと光を見て、義経が惚れるわけが分かった。ここら辺りでは見かけないほどの美女である。幼さが一層その魅力を際立てていた。

「そなたも作蔵殿が娘ごでおられるのか?」
「いえ、私は・・・此処の娘ではござりません。吉野の一蔵殿が住まいに母、久と住んでおりまする」
「なに!母様は久どのと申されるか!という事は・・・勝秀殿の娘ご・・・でおられようの!」
「はい、父上をご存知でいらっしゃるのですか?」
「・・・後白河家に出入りしておりましたゆえ・・・お名前は存じ上げております。先ほど吉野で久殿ともお会いしたばかり・・・わが身に起こる縁が恐ろしゅう感じましてございます」

光は、顔に傷のある影光をじっと見ていた。やがてみよと、作蔵の二人が傍に来て4人は囲むように席を取った。

4人は互いを紹介しあってその後、作蔵が話を切り出した。
「先ほど影光殿が携えてこられた兄からの申し出をしかと心得たと、まずはお伝えせねばなるまい。影光殿、引き受けましたぞ」
「かたじけのうございます。主君もお喜びになられましょう。して、みよ殿のお考えはいかがでござるか?」
「なりをするのですね?みよは父の申すとおりにいたしまするゆえ、ご心配なきよう、九郎様にお伝え下されませ」
「そうでございますか!よかった、心の荷が下りてございまする」

光には良く分からない話であったが、ここに居る影光が、父の今を知っているのか聞きたくなっていた。みよはその光の心を読みすかしたように言葉を続けた。

「影光殿、ここにいる光は、一蔵殿が処から遊びに来ておる次第。すでにお聞き及びのご様子にてお尋ねしますが、京の様子はいかばかりか教えてほしゅうござりまする」
「宜しかろう。我らが旅立つ前は、壇ノ浦の戦に勝利した九郎様は鎌倉の無理難題に押しつぶされ、挙句は追討の羽目に遭われました。平氏追討の立役者であられた殿に、なんという仕打ち。奥方や弟君などと断腸の思いで袂を分かち吉野に向けて再起を図るべく落ち行き、私めが一蔵殿とのご縁を頼みにこうした成り行きとなった次第でござる」
「では、再度兵を集めて鎌倉に立ち向かわれるご所存でおられるのか?」
「・・・殿にはそのお心は・・・ござりませぬ様子。平和に過ごす事が出来れば武士をも捨てる覚悟・・・そのように見うけまするが・・・そこまでは聞き及んでございませぬ」

義経には、鎌倉と戦う気持ちはもうなかった。周りの家臣たちや身内をこれ以上失いたくなかったからだ。しかし、非情な運命が彼を見捨ててはおかなかったことが悲運であった。

一蔵は久に影光に持たせた信書の中身を話した。そして、自分が匿う事も付け加えた。久は何故そこまで危険を犯すのか一蔵の思いが分からなかった。

「一蔵殿、久は、勝秀様が生きておられるのなら、影光殿や九郎様の事には口を挟みませぬ。今は一刻も早うご無事を知りとうございます」
「うむ、そうじゃな。九郎さまと影光殿を匿うことに加えて、勝秀殿の消息を家臣に当たらせよう。きっと京に隠れておられそうな勘がする。久殿にはしばし待たれよ」
「かしこまってございます。ご無理を申し上げましたことお許しくださりませ・・・」
「よい。気に召されるな。そこもとの此処での暮らしぶりは、一蔵感謝しておるでのう・・・皆の者も頼っておる様子。助かっておるわい。光にもそろそろ良い婿が現われよると良いがのう、ハハハ・・・」

久は一蔵の口から光の相手を気遣う言葉が出ようとは思いもよらなかった。いろんな事に時間を追われて光のことを考えてやる暇がなかったことを少し反省した。自分は母なのである。正式には告白していないが、光は、すでに感じている様子に見える。気にかけていなかった母としての愛情が、急に持ち上がってきた。本当に素直で美しい娘に成長してきた我娘を今ほど愛おしく感じたことがなかった。久は、和束の家を出る時に勝秀から渡された光への書状を、帰ってきた光に見せようと心に決めていた。

「では、早速お言葉に甘えさせていただき主君をお連れいたしとうございます。私めはこれよりこちらへあないしとうございますので、席をご無礼させていただきまする・・・」
影光はそそくさと出て行き、小半時ほどで義経を連れて戻ってきた。

玄関前で作蔵とみよ、光の三人は深く頭を下げて出迎えた。

「到着至極に存じまする。私は主の作蔵、吉野の一蔵が弟にござります。隣は娘のみよ、そして向こう側に居るのは、兄一蔵が世話しております娘ご、光と申します。家屋では妻の桐がおもんばしくなく臥せっております。お許し下されませ・・・」

義経は自らも深く頭を下げ、刀をはずし影光に持たせた。
「これはご丁寧なご挨拶痛み入ります。お聞き及びのこと安心致してござる。九郎義経と申す今は無官の者、お気遣いには及びませぬ。作蔵殿のお世話に、影光ともども深く感謝の気持ちで過ごしとうございます」

そしてもう一度深く頭を下げた。みよは上目遣いに義経を見やった。小柄で決して武功たくましい若者には見えなかった。そのことが妙に安心感になり、気持ちが和んだ。光はまだずっと下を向いていた。義経がじっと光を見ていた視線に今は気づくことがなかった。

夕暮れになって吉野から一蔵が久を伴ってやってきた。夕餉を前にして、義経、影光、一蔵、作蔵と席を並べていた。厨ではみよが配膳の準備を久と光に手伝ってもらいながら終えようとしていた。それぞれの席へ光が膳を運んだ。一人ひとり、九郎、影光、一蔵、作蔵の順番に置いた。最後に深くお辞儀をして奥へ下がった。作蔵は自らどぶろくを手にしてそれぞれに注いで廻った。