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てっしゅう
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哀恋草 第五章 都落ち

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木津川沿いに和束(わづか)村から宇治を抜け京の町に影光は向かっていた。この時期茶畑は露をしのぐために布を掛ける作業が始まっていた。月日の流れるのは早いもので摂津の沖から引き返し、家臣、身寄りと別れて作蔵が許に落ち着いたのは11月の半ばを過ぎていた。囲炉裏に火が入る季節になり、これから作蔵の住まいも厳しい冬を迎えようとしていた。

影光は昔の仲間を探し出し、鎌倉を善く思っていない神社や皇族を聞いた。この月に鎌倉から北条時政が京都守護に就任していた。時政は鎌倉に近い公卿を中枢に据える奏上を帝にして頼朝の覚えを良くした。勝秀や義経にとっては、逆風の風が吹き始めていた。

数日間市内を探ってみたが、勝秀らしき人物の様子は知りえなかった。影光は来た道を戻り始めた。このままでは報告するに忍びない思いではあったが、それも致し方ないと諦めかけていた。信楽から木津川に注ぐ小さな川沿いに和束村はあった。懐かしさに村長(むらおさ)の家を訪ねようと、寄り道をした。茶畑に囲まれたその家は小高い丘陵地にあった。薪作りをしていた村長に声を掛けた。

「精が出ますのう!久しゅうございます。近くを通りましたゆえ、立ち寄らせて頂きました」
「・・・影光殿か、これはめずらしいのう。商いは辞められたのではなかったかえ」
「はい、今は・・・とある商家に世話になっておりまする。下働きも楽ではござらぬわ、ハハハ。ところで、聞きたいことがあるのじゃが、少し邪魔して良いかのう?」

主は快く迎え入れた。久しぶりの来客だったのだろう。酒を出してもてなした。

「影光殿、今宵は泊まって行きなされ。積もる話もあろうに、のう」
「そうでございますよ、ごゆるりとなされませ」
久と仲良くしていた主の妻が付け加えた。

「かたじけない、そうさせていただこうかのう。実は京より戻る途中、少し疲れておったところじゃった。守護職に時政殿がなられたようじゃな。何か聞き及んでおられるかのう?」
「うむ、触れは回っておるぞ、まてよ・・・これじゃ!九郎判官義経どのの手配書じゃ。捉えたものには褒美と書いてあろうが、京の帝も罪よのう・・・嫌われておった平氏を滅亡させた一番の手柄者じゃのにのう、九郎殿は。何でも鎌倉から時政殿は一千騎引き連れての入洛じゃった様子。ここまで聞こえておるぞよ」
「なんと、そんなに大勢でか・・・鎌倉殿(頼朝)は必死になって九郎様を探しておられるご様子じゃのう・・・」
「この間来た見回りの者の話では、京は隅から隅まで探したが見つからぬゆえ、ここら辺りにも頻繁に捜索しておるとのこと。どこに隠れておられても安心は出来ぬようじゃ」

影光はこうしてはいられない気持ちになった。しかし悟られないためにも今夜は過ごそうと気持ちを落ち着かせた。夕餉を運んでくれた妻が耳元で言った。
「ほれ、久殿が居られた小屋のう、なにやら時折人けがあるようなことを聞き申したが、気になられましょうか?主人も気にしてはいた様子。このような場所に物取りではないゆえ、わけありの方が住まわれるのか・・・ひょっとして?久殿は出てゆかれて久しいがご存知で居られようか?」

影光は答えられなかった。全て身の危険に通じるからだ。
「明日にでも私が見てまいりましょう。ご心配には及ばぬことと思いますが・・・念のためじゃからのう」聞いていた村長も首を立てに振っていた。しっかりともてなされたその夜はぐっすりと深い眠りに就いた影光であった。

一番鳥が鳴いて夜が明けてすぐに肌寒くなっている空気に身を震わせながら、影光は裏木戸から出かけていった。川沿いを木津方面に下り、山手の道を入った所に元みよが住んでいた場所があった。一見誰もいないように外からは窺えたが、木戸に手をやると扉が開いた。普通出てゆく時に開かないようにしてゆくのだが、変に影光は感じた。

「うむ、人が出入りした形跡があるような気配がするぞ」そうつぶやいて、中に入った。板の間に敷いてある御座に湿り気を感じた影光は数日程度前に確実に人がいたことを確認した。囲炉裏の灰には不完全燃焼の薪が残っていたことも燃え方から最近のものであることを突き止めていた。
「誰が居ったのだろう・・・久はここまでは来れまい。すると勝秀殿か何かの間者かも知れぬな・・・しばらく、逗留して探ってみるか」そう考えて、一旦村長の所へ戻り、自分の荷物をまとめて元、久が住まいに隠れ住んだ。次の夜も静かに過ぎていった。二日目の夜になって、食べるものを持って村長の妻が訪ねてきた。

「影光さま、お腹がすいてござろう?握り飯置いて行くからのう、何か分かったら教えてくだされや」そう言い残して帰った。妻は何かを心配したのか、それとも影光がどうしているのか心配になったのか、ともかくわざわざ訪ねてくることに疑問をふと覚えた。義経の従者になって以来、勘を働かせることに磨きをかけてきた自分だけに、その勘がピッ!と働いたのだった。