こんぶ -Reloaded-
鞄からペンケースとノートを取り出した八条は、一瞬そのままパソコンの電源を点けようとしたが、何かを思い出したような顔をすると、僕の方に向き直って頭を下げた。
「昨日は馬鹿とか言ってすいませんでした! なんかよくわかんないんですけど、柄にもなく感情的になっちゃって……本当にごめんなさい!」
「いいよ別に。気にしてないから。僕の方こそ鈍くさくてすまなかったよ」
ひとまず和解……かな。うん。よかった。
「そんな、先ぱいは悪くないですよ。私が勝手に取り乱しただけですし」
そうかそうか。可愛いやつめ。ちなみにこれは心中での発言である。しかし僕の口はどうも滑りやすいようだ。ついつい意地悪げな言葉が出てしまった。
「まぁ何で取り乱したのかには大いに興味があるけどね」
これですよ、これ。馬鹿は死ななきゃ直らないって本当かも。八条の顔が見る見る真っ赤になっていく。
「やっぱり先ぱいは大馬鹿野郎です! 本当に先ぱいの馬鹿! 今日という今日は許しません! 仕置きします」
おい。うわ、ちょっと待て! あああああ……(フェードアウト)
コンピューター部(通称コン部)は今日も平和です。
こんな穏やかな日々がいつまでも続けばいい。心底までは行かなくとも中底くらいには祈っていたのだが、僕の淡い願いは無残にも一通のメールによって打ち砕かれてしまったのである。
とある日の深夜一時。翌日の授業の予習や支度を終えてさぁ寝るべさと相成った段に、突如机の端に置いてあった携帯電話が振動し始めた。一体何処の阿呆ぼんであろうか、と訝って画面を開いてみると、「山村富江 様からメールです」とある。正直いやーな感じしかしなかった。きちんと風呂に入ったのにも関わらず背中が気持ち悪いような感じがした。件名は無題だったので大した用ではなかろうが、まぁひとまずメールを開いてみた。内容は以下の通りである。
『my dear お久しぶり。明日からは登校するわ。かしこ。
追伸:オカルトはもう古いかも知れない。私は罪人ではなかった。私が私であり、この世界において唯一の私たらんとすることはさほど難しくない様子。』
読み終えて、虚脱。いい夢?
見れるわけないだろダムシットが。
そして翌朝。普段よりも早く起床出来たのはよいことであるが、同時に胃痛がする。ちくしょう、会ったら訴訟だ。身支度を終えてから、朝食をどうしようかと思い悩む。八条にはパン食派を宣言した僕だが、実際のところはシリアル派だったりする。毎朝のケロッ●コーンフレークは最高だね。しかし本日は牛乳オンリーを体内に流し込み、家を出た。
登校して門を潜ると、突如ブレザーの胸ポケットに入れておいた携帯が振動した。幸いなことに今日は校門前指導がないので、風紀委員も教師連中も辺りにはいない。素早く誰からの着信かを確認すると、ぐひゃ、また山村か。件名もなく本文も「屋上」とだけの非常に短いメールであった。屋上の方を見上げると髪の長い女子生徒がフェンスの傍に佇んでいるのが見えた。僕と眼が合うと、わずかに顎でしゃくるような仕草をした。登ってこい、ということか。どんな死亡遊戯だよ全く。
大抵の学校では何処もそうであろうと思うが、屋上という場所は立ち入り禁止になっているのが常である。うちの学校も例外ではなく、以前見た時は南京錠によって施錠されていた。しかしどういう経緯かは知らないが、山村は極秘裏に鍵を入手したらしく、時々勝手に侵入しては自らの憩いの場にしているようであった。
朝っぱらからの過剰な昇降運動は正直身体に堪える。寄る年波には勝てんわい。フォッフォッフォ。扉の鍵は既に開いていた。んじゃまぁ行きますか。再会と言っても一月ぶりなのかな。そんな経ってないんだよな実のところは。
ドアを開け放つと、日光が一気に差し込んできて目が眩むような思いがした。背を向けて屋上のど真ん中に立っていた少女はこちらを振り返り、不敵に笑った。
「久しぶりね、my dear friend。変りもなく元気そうで何よりだわ」
ああ、そうだね。それはお前もじゃないか。
変わらない。
全く変わらない。
本当に何も変わっちゃいないぞ山村富江ッ!
ここいらでいい加減にこの奇女・山村富江について話しておこう。彼女は我がコンピューター部の副部長であり、クラスメイトでもある。腰近くまで伸びた黒い髪と色白の肌、右目下の泣きぼくろが特徴と言えば特徴であろうか。黙っていれば素直に美少女と称賛されてしかるべき容姿と整ったスタイルの持ち主ではある。
ただ、中身がかなり残念な人物なのだ。彼女のもう一つの肩書は、オカルト研究会・会長という代物だったのである。
元々は八条と同じように文芸部志望だったらしい。替わりにとばかりに入部した漫研で何かしらトラブルを起こしたらしく、追放処分の後、我がコン部に流れてきたようだ。
部活においては、読書に耽ったり勝手にネット接続を行って妙なサイトを閲覧していたりはしたが、その頃はまぁ割合正気で、芝居がかったような調子で話す変わった女の子だ、くらいの認識しか僕はしていなかった。しかし昨年の秋ごろになって急速にオカルト方面に傾倒し始めたのをきっかけに、オカルト研の上級生連中をその美貌で手なずけ、遂には会長の座に収まってしまったのである。
その後は奇怪な言動や行動が目立ち始め、挙句黒魔術にも手を出したらしい。そんなこんなで「悪魔に憑かれた」という便りを最後に、昨日までは自宅に引きこもっていたというのが、この山村富江という少女である。
長ぇ。
閑話休題。本編に戻ろう。
「あら、your loverの復学という記念すべき日なのに、ちっとも嬉しそうじゃないのね。それとも私との麗しき日々の回想疲れかしら?」
「メタな発言は控えろ。こっちはベタにいきたいんだから。あと何時からお前は僕の愛する人になったってんだよ。過去の美化と事実の捏造に関してなら僕は厳しいぞ」
僕としては手厳しく注意を促したつもりだったのだが、山村はむしろ嬉しそうであった。
「うんうん。そのシャープなツッコミを待っていたのよ、井荻くん。さすがは竹馬の友と言っておいてあげるわ」
「メロスもセリヌンティウスもお互いのキャラじゃないだろうが…」
「そうかも知れないわね。私は暴君ディオニスキャラだものね」
「それもう竹馬の友関係ないだろ! 僕絶対人質になってるだろうが!」
まぁ暴君キャラっていうのは間違ってないかも知らんが。
しかし実に久々の会話であるのだが、こいつと話すとどうもこういった調子で会話の主導権を握られがちになるのである。ああ、八条よ、すまない。お前が如何に人格者であったかということを痛感させられたぜ…。今度会ったら謝罪と賛美の言葉を贈ろう。あくまで僕の心中で。
「とにかくだ、僕は復学おめでとうとか言っておけばいいのか?」
「ダーリン、つれないわね。せっかく久しぶりに会えたというのに。プソプソ」
「その初めて聞く効果音はあれか、不完全燃焼の音か。台所のガス栓を閉め忘れたなら即刻家に帰れ」
あとは口のチャックも締めて欲しいところだが。
「そうだ、身体の方はもういいのか?」
作品名:こんぶ -Reloaded- 作家名:黒子