こんぶ -Reloaded-
「先ぱいって意外と成績よさそうですね」
「意外は余計だ。僕は授業中の睡眠学習は怠らない」
「すいません前言撤回していいですか」
などといった調子でノーゲームと相成った。
その後も部活そっちのけで僕らはお喋りに興じた。
正直な感想――――意外と楽しい。
八条岬。こいつとなら一緒にいるのが苦痛じゃない。
そういう感覚は久しぶりだ。
話をしていてわかったことがあった。
八条と僕はある一点において似ているということ。
それは一人が好きで人が苦手であるということ。
互いがそうであるが故、奇妙に居心地がよい。言うならば同族同士の共鳴といったところか。
そんなパラドキシカルな関係。
それは極めて後ろ向きで、
閉鎖的で、
内向的で、
それでいて空っぽだけれど、
確かに僕らは仲良しさんだった。
たまにはこんなのだっていい。そう思えた。
尽きることのない無駄話。どれくらいの時間が経過したのかはわからなかったが、僕らはさすがに喋り疲れてお互い黙り込んだ。電源を入れたパソコンの画面はスタンバイ状態へとっくに移行し真黒になっていた。僕は上履きを脱いで事務椅子の上で体育座りをしながら回転という遊びに興じ始めていた時、八条が突如改まった様子で切り出した。
「もう一個だけ先ぱいに聞いてみたいことあるんですけど、いいですか」
椅子上回転ごっこを中止して八条と向き合う。伏し目がちな様子が気になるな。
「僕はパン食派だと言ったはずだけど」
とりあえずすっとぼけてみた。すかさず「朝食の話じゃないです」というツッコミが入った。それを受け流すかの如く椅子で一回転――したのは壁に掛った時計を見るため。そろそろ見た目が絶望先生が来る時間か。
「真面目に聞いてください!」一喝されてしまった。
「ごめん。で、なんのことかな」
素直に謝罪の辞を述べておいた。が、そろそろ時間切れかな。
「わざとだったら怒りますよ? こういう時先ぱいは本当に立ちが悪いですよね。わざとなのか素なのか区別出来ないし」
「僕について言及するのはまたの機会にしてくれ」
「それもそうですね。まぁそうさせてもらいます。私が聞きたいのは先ぱいにはす」「お前らー。時間」
ジャスト午後五時。先生、襲来。
「ああ、もう!」
憤懣仕方ないという感じで八条は帰り支度を始めた。僕もそれに倣って支度を整える。とは言っても僕の場合鞄を拾い上げるだけだけれども。目にもとまらぬ速さで帰り支度を済ませた八条は語気を荒げて、
「それじゃお疲れ様でした! そして……先ぱいの馬鹿!」
そう吐き捨てると部室を足音高らかに出て行った。事情が呑み込めないでいる山田先生が怪訝な顔で言う。
「お前ら何かあったの?」
「いいえ、ケフィアです」
「は?」
「いえ、本当に何でもなかったです。はい」
さーて。どうフォローすっかなー。宿題かね。これは。ヘタレ野郎にとって最大のピンチなのだろうか。
家に帰ってからベッドに寝っ転がっていると、山村から久々にメールが来た。開いてみると「ワレツイニアクマトタイジセリ」とある。どう返信したらいいものか。聖水は忘れずに持っているかどうか確認してあげた方がいいのかな? まぁ別に悪魔城に乗り込んでいる訳ではないのだし、というか現在のあいつは単なる引きこもりだ。よし。無視しよう。こんな僕だって一応懸念事項を抱えているのだから。それから僕は考えるのを止めて寝た。
そして翌日。登校時校門前でばったり八条に出くわしたが、やっこさん目も合わせないで逃亡した。しかし嫌われた訳ではないのがその表情からは窺えたのは幸いであるといえる。生徒の群れの中に僕も紛れ込んでいく。今は互いが互いの視界から消え去るのが、いい。
授業中、いつもなら早々と睡眠学習へと突入するのが常なのだが、今日はなんだかそうする気にはなれなかった。今自分がどうしたいのか。それを考える必要がある。
考えるまでもなく一つ言えるのは――――
――――決定的な一言は聞きたくない
この一事に尽きる。ああ、なんてヘタレな結論であろう。考えるまでもなかったとは。出来れば午前中の授業は思索に耽ることで睡眠学習の代用としようと目論んでいたってのに。
端的に言って、面倒くさいからか? 八条と付き合うのが。
嘘です。怖いからです。自分に自信がないからです。どうしたらいいかわからないからです。現状維持を目標として生きてきたからです。先を見るのが嫌だからです。その癖安定した未来が欲しいからです。下手に付き合えばあいつのことを傷つけるのが分かっているからです。
だから、
ごまかして。
はぐらかして。
すっとぼけて。
呆れられちまったほうが、楽。お互いが。自分が。
あいつのことが嫌いなわけじゃないから。
余計にどうしたらいいかわからない。
そこまでがはっきりとしたところで、不覚にも僕は眠りに落ちてしまった。ヘタレ主人公とは得てしてよく眠るものである。
ろくに思索も勉強もすることが出来ないまま放課後を迎えてしまった。正直部活に出るか出まいか迷った。しかし多少は手前で撒いた種だ。刈り取るのも管理職の仕事なのかな。おお。やっと軽口が叩けた。なんだか久々な気がするね。ちょっと柄でもないことを考えすぎていたな。たまにはそういうのも必要ではあるんだろうけど、日々のペースを崩してしまったのでは話にならない。
んじゃそういう訳で営業再開といきますか。
当たって砕けたならボンドとかでくっつければいい。簡単なことである。多分。
部室に行くと珍しいことに僕が一番乗りであった。日々顔を出す部員が二人なので言っていて寂しいものがあるけど。とりあえず僕は来るかどうかわからない後輩を待つべく、いつもの席にいつもの調子で座った。これまでの日々と同じように。
三時半を回った頃、ようやく八条が現れた。
「あ」
部室に入るなり声を漏らした。気まずそうに顔を伏せて目線を外す。踵を返しそうなその様子に思わず声をかけた。
「珍しいな。お前が僕より遅いだなんて」
僕の言葉に八条が顔を上げた。
「あ、ああ。そうですね。今日はちょっと日直の仕事があったんで」
「そうなんだ。お疲れ様」
「どうも……ってなんか先ぱいの口からそういう台詞が出てくると変な感じしますよ」
いくらか調子を取り戻したその言葉に少し安心した。しかし酷い言い草ではある。
「お前の中で僕のキャラクターがどうなってるのか若干気になるな……まぁいいよ。とりあえず本日も」
「「業務開始」」「?」「ですよね?」ん? 何が起きた?
そうか。台詞を先読みされたのか。ってまさか! こいつまさか読心術を――――
「先ぱいのことですから読心術云々とか考えてそうですけど、たまに呟いてるのが聞こえるんですよ。『業務終了か』とか言ってるの。だからちょっと先読みできるかなーとか思いまして。すいません」
そう言うと八条もいつもの席に腰を下ろした。やば。そんな恥ずかしいこと呟いてたのか僕は。知らなかった。
「別に謝ることないけどさ」負け惜しみではないよ。
教訓。独り言はほどほどに。
作品名:こんぶ -Reloaded- 作家名:黒子