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こんぶ -Reloaded-

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 そう言ってからまた画面へと向き直ろうとしたが、何かを思いついたのか椅子の回転を中途で止めると、再び僕の方を向いて部の運営状況についての疑問を口にした。
「最近、ていうかここんとこずっと考えてたことがあるんですよ」
「なに?」
「先ぱいは部長の癖に気楽なもんですね」
 癖にたぁ失敬だ。しかしわざわざシュプレヒコールを上げるのもあれだから、ここは一つ年上の余裕を見せてやることにしようか。部長としての威厳なんて塵屑ほどに残ってないような気もするけど。
「少しは気にならないんですか? このところ出てきてる部員と言ったら私たち二人だけですよ。こんなんで部としての体裁が保てるんですか?」
 随分とタイムリーな話題を振ってくれるじゃないか。さすが次期部長。いい勘してる。まぁ……ね。わからないでもない。ざっとがらんとした室内を見渡してみるまでもない。室内にずらり四十台並んだパソコンのうち起動してるのが僅か二台ってのも確かにもったいない話だ。省エネという観点から言えば立派だけど、健全な部活動という点からはいただけないのもまた事実。
「大体部活ってのだったら役職とか色々あるはずですよね、副部長とか会計とか。その人たちは何で出てこないんですか?」
「うちは僕が部長と会計を兼任してるんだ。だから事実上役職は部長と副部長の二つしか存在してないんだよ」
「へー、そういうのもアリなんですか」
「別に大丈夫みたいだよ。三月に書類を出した時にも文句は別に言われなかったし」
「それはわかりましたけど、その副部長さんは何してるんですか? 多分私入部してから一回もお会いしたことないような気がしますよ」
 副部長ねぇ……山村の顔を思い浮かべてみる。あいつが部活に出てこれるようになるにはもう少し時間がいるだろうな。いや、出てきたらそれはそれで八条と大喧嘩をやらかす可能性も無きにしも非ずだ。あいつは自分のテリトリーをほったらかしておく癖に突如忘れた頃になって権利主張するような輩だしなー。でもしばらくあいつの現場復帰はありえないだろう。
 などと件の副部長についての回想に一人耽っていたのを当たり前だが八条に不審がられた。
「突然黙ったかと思えばいきなり考え込み始めて、さらには一人納得してるようですけど、副部長さんて何か問題ある人なんですか?」
 問題。まぁ有ると言えば有る、か。
「『好奇心猫を殺す』っていう諺を知ってるかな」
「それは暗に聞くなってことですか」
「別にそういうわけじゃないんだけどさ」
「じゃあ教えてください」
 そう言うと、ずい、と身を乗り出してきやがった。「さあ話せ」ということなのだろう。山村よ、お前がこの場にいないのが一番悪いということに勝手ながらさせてもらう。僕はもったいぶった感じで話始めることにした。コンピューター部、そして学園のささやかな問題児である山村富江について。
「どっから説明していいのか難しいなぁ」
「面識のない私にも解るようにならなんでもいいですよ」
「逆にそれって難しいんだけどね……まぁいいや。なんて言うかね、うーん、言うならば身体と精神が脆弱な人?」
「いや、疑問形で振られても私はなんとも言えないんですけど」
「実際身体弱いってのは確かだと思う。あいつが体育の授業受けてるの見たことないしね。精神については、脆弱というかむしろ若干サイコさんな気質をお持ちのようでね、本人曰く『呪いを解くためにしばらく家に篭って徳を積む』とのことらしい。だから最近は学校に来てないんだよね」
 クールなOLとして即戦力確実であるはずの八条の顔にさえ「???」という表情が浮かんでいた。眼鏡が若干ずり落ちていたように見えたのは恐らく僕の目の錯覚というわけでもなさそうだった。とにかくここいらでまとめておくか。山村の名誉の為にも八条の脳髄への負担を減らすためにも。長々とした説明はかえって逆効果だというのは体験からもわかっていることだ。山村については説明するより面会した方が数百倍早いだろう。百聞は一見にしかず、というやつだ。理解できるかどうかはさておきとして。
「まぁそういう人だからさ、部活に出てきたら穏便な応対を頼むよ。標的は僕だと思うからそんなに心配はいらないはずだけどね」
 八条は相変わらず納得できないような顔をしていた。しばらく腕組みをして何かを考えていたようだったが、恐らく考えるのは無駄ということを悟ったのだろう、まぁそれが賢明な判断であるのは言うまでもないが、腕と視線を元に戻してから青汁を飲みほしたような顔で言った。
「正直よくわからなかったんですけども、要は先ぱいに全部丸投げすればいいってことですよね。そこだけはよーくわかりました」
 おい。本当に今の僕の誠心誠意を込めた解説を聞いていた人間とは思えない発言をしれっとするな。多少誇張表現が含まれていたとしてもそこから僕の努力を感じ取れなきゃ部長職は務まらないぜお嬢さん、と言いたいのをぐっと堪えた。
「……別にそれでもいいけどね」
「ならそういうことでお願いします」
 そう言うとまた椅子を回して画面へと向き直った。業務再開ということか。いい社員になるだろうねこの娘は、とか管理職目線な発言を心中でしてみた。意味はない。さて僕も仕事(ピンボール)に戻るか、と思ったその時八条が独り言のように言った。
「でも珍しいですよね。先ぱいがそれだけ他人のことよく見てるだなんて」
 返事を期待してるのかどうかわからない口調に一瞬どうしたものかと思う。ここは鈍感を装っていくのが上策か? どうだろう。まぁいいか。出たとこ勝負が僕の信条であることを忘れていた。
「何が珍しいって?」
 どうやらキャリアウーマン(勝手にランクアップ)は鈍い男はお嫌いのようである。
「別に。何も」
 そう若干不機嫌な調子で言うと仕事にお戻りになられた。ありゃりゃりゃ、と町内会会長(推定年齢七十二歳)風に狼狽する必要もあるまい。
「さいですか」
 僕もそう一言返すに止めてデスク・ワークに戻ることにした。なんだかこれ以上の言及は躊躇われたのである。僕にも少しはデリカシーというものが欠片くらいは残っていたという証かな。
 この日の僕らはその後無駄口を叩くことなく仕事に精を出した。五時になると見た目が絶望先生が「お前ら熱心だねぇ」と少し呆れた口調で業務終了を知らせに来たので、二人して部室を後にすることにした。下駄箱まで来たときに、帰り道が一緒なので駅まで送って行こうかと紳士的提案を出したのだが、八条は「忘れ物したんで先に帰っててください」と言うと夕闇の校舎へと引き返して行った。
 なんだかなぁ。
 ここで見送ってしまう輩を世間ではヘタレ野郎と呼ぶのだろうか。どうなんだろう。まぁ僕には関係ないよねと嘯いて学校を後にすることにした。
とにもかくにもコンピューター部の日常というのはこんなものなのである。いっそのこと廃部になってしまった方がすっきりするような気がしないでもないけど、そうなると放課後の時間潰しに難儀するのが明確なので、一応僕の代での廃部は避けるべく日々活動に励んでいるわけである。まぁ僕が部を潰した場合、とあるキャリアウーマンからクレームが飛んでくることは請け合いだし。

作品名:こんぶ -Reloaded- 作家名:黒子