二郎
こんな出来事があってから一週間後に、高見沢は妻の夏子に電話を入れてみた。
「あなた、私、最近メッチャ元気なのよ」
夏子の声がヤケに弾んでいる。
「ほう、それは良かった、で、どうしたんだよ?」と聞いてみる。すると夏子は、「あのね、一週間前から、ポチが一緒に住んでくれるようになったのよ。可愛いのよ……、毎晩私のベットにも入ってきてくれてね、抱き枕にもなってくれるのよ。ホント、癒やしてくれるわ」と妻がハッピーそう。高見沢はとりあえず一安心だ。
「へえ、それでその犬はチワワ、それともパピヨン?」と尋ねてみる。すると夏子から間髪入れずに、「あなた、ポチは犬じゃないわよ」と。
高見沢が「えっ」と言葉を詰まらせると、夏子からさらに、「ポチは風船というか、丸っこくって、いっつも私の周りをふわりふわりと浮かんで漂っているのよ」と驚きの答えが返ってきた。
「なぬっ」と高見沢は絶句。そして呼吸を整えて、「おいおい、それ、ポチじゃないよ。そやつは二郎というんだよ、……俺の分身なんだよ!」と訴えた。しかし夏子は動じない。
「それでなのね、あなたみたいに大きなイビキをかくのね。だけど二郎はあなたよりずっと優しいわ、というか……、上手なの」
高見沢は「あのヤロー、俺の分身だからといって、なにも俺の女房を寝取ることはないだろうが」とムカムカッとくる。しかし、夏子のテンションは上がり放し。
「あなた、私、今二郎がいて最高に幸せなの。だからお金さえ入金してくれれば、ずっと単身赴任を続けてくれても平気よ。だから、好きな会社で、もっともっと頑張ってちょうだい」
これを受けた高見沢の返事は、「うん、まあなあ」とまことに歯切れが悪い。一方夏子は、「二郎との生活、言い尽くせないわよ、……、甘くって」とますます舞い上がっているようだ。