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茶房 クロッカス その2

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 その後俺たちは、ランチの忙しい〔ちょっとだけ〕時間を過ごし、いつものゆったり時間を、俺はコーヒー、薫ちゃんは紅茶を飲みながら雑談をし、いつもの時間にあの無精髭の人が来た。
 カラ~ン コロ~ン
「いらっしゃ~い」
 二人で合唱。
 その人はまた、眼だけで挨拶をするんだろうと思っていたら、
「やぁー、また来ました」
 ひと言だけそう言うと、いつもの席に着いた。
《ほうー珍しい。……ものを言ったぞ》と思った。
 薫ちゃんも同じことを思ったのか、驚いたように俺と目を合わせた。
 それから、おもむろにその人の所へ行くと、
「いらっしゃい、今日もアメリカンでいいですか?」と聞いた。
 すると意外なことに、
「いや、今日はマスターのお薦めにしようかと思うんですが……」
「マスター、お客さんがマスターのお薦めを注文したいっておっしゃってますけどぉー」と、薫ちゃんが俺を呼んだ。
 俺はカウンターの中から歩いてその人のそばに行き、
「じゃあ、そうですね。今日は俺特製のスペシャルブレンドにしますか?」
 そう言うと、その人はにっこり嬉しそうに微笑んで、
「はい、じゃあそれでお願いします」と言った。
 
 俺が特製コーヒーを入れて持って行くと、その人は待っていたように話し始めた。
「昨日あの後、マスターから言われたことを色々考えてみたんですよ」
 俺は、少しゆっくりその人と話してみたい気分だったので、さり気なくその人の向かいの席に腰を下ろして続きを促した。
「ほおぉー、で?」
「私は、今まで『自分自身が終わる』そのことばかりに捉われていました。だから、何に対してもやる気も出なかったし、生きていくのが苦痛でした。でも、マスターのお父さんの言葉をよくよく考えてみると、私にも、まだやらなくちゃいけないことがあるような気がしてきたんですよ」
「ふぅーーん。それで?」
「――まだ、それが何なのかは分ってはいません。が、しかし、少しゆっくり考えてみようと思うんですよ。今の私にでもできることを。それも何か人様のためになることを……。まだこんな私でも、必要としてくれる人が何処かにいるのかも知れない。そんな気がするんです」
「うーーん、それは素晴らしい考えだと思いますよ。――是非その何かを探してみて下さい。そして見つかったら俺にも教えて下さいね」
 俺は、何だか胸が熱くなる気がした。
「マスターありがとう。ここに来て、マスターに会えて本当に良かったと思っていますよ。これからも時々お邪魔しますが、宜しいでしょうか?」
 相変わらず控えめにその人が言った。
「もちろんですよ。毎日でもOKですっ」
 俺は指で、いつものOKマークを作ってにっこり笑った。
 その人もにっこり笑い、忘れられていたコーヒーをそっと飲んだ。
「あぁ、美味しいです。ふふっ」
「あ、でも少し冷めちゃいましたね。あははは……」
 その後コーヒーを飲み終わると
「ご馳走様でした」
 そう言ってその人は帰って行った。



 八月になったばかりのその日、薫ちゃんは店を辞め、代わりに沙耶ちゃんが毎日来てくれるようになっていた。
 薫ちゃんもそうだったが、沙耶ちゃんもびっくりするほど早く店に馴染んでくれた。仕事もスムーズで俺も感心するばかりだった。
 今時の若者ってみんなそうなんだろうか?
 ランチの若干忙しい時間がやっと終わった頃、時間を見計らったように花屋の礼子さんがやってきた。
カラ~ン コロ~ン
「こんにちわ~」
 見ると礼子さんだ。
「いらっしゃ~い」
 俺と沙耶ちゃんが声を合わせて言った。
 礼子さんはすすっーとカウンター席に来て座った。
「どうしたんだぃ?  今日はお店は?」
 俺が聞くと、
「うん、今はちょっと淳ちゃんがいるから大丈夫。それに……」
「うん? それに……どうした?」
「………」

 俺が質問してるのに、礼子さんが返事をしない。
 礼子さんの様子が何だかおかしい。コーヒーを注文するからコーヒーを入れて出したのに、最初の一口飲んだだけであとは口も付けず、何だかもじもじと落ち着かない様子だ。
《もしやまた何かあったのか?》
 そう思うと迂闊には聞けない。
 何だか俺までもじもじしてきた。

「二人とも変ですよ。何もじもじしてるんですか?」
 堪りかねた沙耶ちゃんが呆れ顔でそう言った。
「あ、分かるうー?」
 礼子さんがそれだけ言うとまた口をつぐんだ。
「何か言いたいことがあるんじゃないんですか?」
 沙耶ちゃんにそう言われ、ようやく礼子さんが話し始めた。
 俺は黙ってことの成り行きを見ていた。
 ここで下手に口を挟むと、前みたいに面倒なことを頼まれそうで恐かった。