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茶房 クロッカス その2

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 七月に入ると、日差しの強くなったのを肌に感じるし、道を歩くと、半袖姿の人が増えてきた。各地で梅雨明けの知らせを耳にする。
《そうかぁ、もう今月いっぱいなんだよなぁ、薫ちゃんが辞めてしまうのも……早いなぁ》
 そんなことを考えていた七月半ばのある日のこと。
 午後のくつろぎタイムを薫ちゃんと二人で過ごしていると、カウベルがカラ~ン コロ~ンと来客を告げた。
 俺が「いらっしゃ~い」と言うより早く、薫ちゃんが「沙耶~!」と呼んだ。
《ん? 友達かぁ?》と、思って見ていると、
「薫、来ちゃったけど……、いいかな?」
「うん、もちろんだよ」
 そう答えると、薫ちゃんは俺の方を見て言った。
「――あ、マスター紹介するね、私の親友の大谷沙耶さんだよ」
「あっ、そうなんだ。いらっしゃい!」
「初めまして、沙耶って呼んで下さい。薫とは小学生の時からの親友なんですよ! よろしくぅ~」
 そう言うと彼女はにっこり笑った。
 薫ちゃんも可愛いけど、沙耶ちゃんは控えめな可愛いさが漂っていた。
「あ、俺は前田悟郎って言うんだ。宜しくな! せっかくだからゆっくりして行けば? 紅茶飲むかぃ?」
「はい、いただきます」
「そう、じゃあ、とりあえず座ったら?」
 俺がそう言うと、二人は並んでカウンター席に腰を下ろした。

「それにしても沙耶、いきなりどうしたん?」
「うん、だって薫が楽しいお店で働いてるって言ってたから、どんな店か見たくなっちゃってね!」
「そうなんだぁ……。うふふ」
「それに、今度結婚するんでしょう。その詳しい話も聞きたかったしねぇ~」
 そう言うと沙耶ちゃんは片頬にエクボを作り、魅力的な笑顔でにこ~っと笑った。
「――あっ! ごめん。まだお祝い言ってなかったね。薫、結婚おめでとう! 幸せになりなねっ」
「沙耶、ありがとう。沙耶にそう言われると、マジ結婚するんだなぁ~って思えてくるよ」
 ふと薫ちゃんの顔を見ると、何だか瞳が潤んで見えた。
「ところで、薫の旦那さんになる人って一体どんな人なの?」
「うん、彼ってねぇ……」

 二人の会話はそれからどんどん盛り上がっていって、俺みたいなおじさんの出番はなかった。
 ちょうど新しい客が数人、パラパラと入って来たので、俺は少しだけ忙しくなったが、そんな中でも時々二人の「わぁー! キャー!」の少し甲高い弾んだ声は聞こえていたのだが。
 それぞれの客が次々に帰ると、ようやく落ち着いて俺はいつものカウンター内の定位置に戻った。
 薫ちゃんと沙耶ちゃんの話は相変わらず続いていたが、もうすぐ薫ちゃんの上がる時間が迫っていたので、
「薫ちゃん、今日はもう上がっていいよ」と、俺が言うと、
「じゃあマスター、そうさせてもらいますねっ。お疲れさまでしたー」
「どうもお邪魔しましたー」
 二人はそう言い、仲良く連れ立って帰って行った。
《若いっていいなぁ~》つくづくそう思ったのだった。