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新世界

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「ええ。帝国は変わる必要があると私も考えています。そしてきっと内部からは変わることが出来ない。三百年にわたる地盤はそう簡単に揺らぐものではありません」
 立派なことを言ってはいるが、俺はどちらかといえば皇帝への怨嗟の念の方が強い。しかしそれも突き詰めて考えれば、そんな皇帝の存在を許したのは帝国の体制にあるのではないかという考えに辿り着く。
 具体的には、時代が変わろうと自らの特権を守ろうとする旧領主層ではないのか――と。
 口惜しいがそれは、嘗てルディがよく言っていたことだ――。
 ムラト次官はすぐには返事をしなかった。フェイの策に乗るべきか、それとも独自の策を突き進むべきか、考えを巡らせているように見える。そんなムラト次官の迷いを振り払うように、フェイは言った。
「帝国は変わるべき時が来たということです。アンドリオティス長官、ムラト次官。帝国の問題は帝国一国に関わるものではありません。兼ねてより私は帝国の変革を望んできました。ビザンツ王国でロートリンゲン大将と出会い、事情を聞いた時には今こそ時期が来たと思いました」
 フェイの言葉に、ムラト次官はアンドリオティス長官を見遣る。アンドリオティス長官は俺やフェイの話を聞きながら暫く考え込む風だったが――。
「……帝国は変わらなければならない。しかし内部ではもう変えられない――、私はこの言葉を別の人物から聞いていました。そしてその願いを託された」
 徐に此方を見て口を開いた。彼はそうして話を続けた。
「ロートリンゲン大将。私は帝国で宰相に助けられ、こうして国に戻って来ることが出来ました。願いを託した人物というのも宰相です」
 咄嗟に声が出なかった。
 ルディがアンドリオティス長官を助けた?
 長官を捕虜にした張本人が助けた、だと?



「……帝国からどのように逃れてらっしゃったのか、私達も関心を寄せていました。アンドリオティス長官、では貴方の脱出の裏には……」
 言葉を失った俺に代わり、フェイが問う。アンドリオティス長官は頷いて言った。
「私を収容所から逃がしてくれたのも、帝国領リヤドから国境線を越えさせてくれたのも、全て宰相が整えてくれたことです。私は彼と四日間、行動を共にしました」
 四日間……?
 四日間、帝都から身を隠しながらリヤドまで移動したというのか。どうやって?
「宰相は自分のIDで私を収容所から脱出させ、その後、私達は彼の車で移動しました。三日目にリヤドに到着してそれからは……」
「三日間……、ずっと移動を……?」
 思わず聞き返す。しまったと自分の失言を悔いたが、フェイもムラト次官も気付いていないようだった。ただアンドリオティス長官は、俺が聞き返した理由が解ったようで、俺から眼を放さず、ええ、と頷いた。
「四日目にリヤドの山からマスカットに入りました。国境線間近で憲兵達に追いつかれましたが、宰相はそれを食い止めてくれて……」
 憲兵に追いつかれた、だと?
 ではルディは今――。
「宰相はまだ帝国でやるべきことがあると言っていました。私は彼をこの国に連れて来たかったのに出来なかった……。そのことが悔やまれてなりません」
 ルディは何を考えている――。
 自分の身を破滅させるつもりか。そのようなことをしたらロートリンゲン家はどうなる。ルディは何よりも、ロートリンゲン家のことをいつも一番に考えていたのに――。
「……どうやら話は長くなりそうですな。一時間の予定でしたが、もう少しお時間をいただけるだろうか」
「此方こそ。長官もお戻りになり、お忙しいところ恐縮ですが、今少しお時間を裂いて頂ければ幸いです」
 フェイはムラト次官にそう応える。ムラト次官はアンドリオティス長官に、向かって言った。
「長官、ハリム少将に会談の時間を延長するように話してきます」
 アンドリオティス長官が了解を告げると、ムラト大将は椅子から立ち上がる。
 フェイは興味からアンドリオティス長官の脱出の様子について尋ねたいのだろうが、俺自身もルディのことをもう少し聞きたかった。四日間行動を共にしていたというのなら、彼の話を聞けば、ルディが今、何を考えているのか解る筈だ。それに帝都からリヤドまでの距離を移動したと言っていた。ルディのあの身体で。しかもその後、憲兵に追いつかれた、だと?
 何を考えているのだ、ルディは――。
 アンドリオティス長官はちらと此方に視線を遣る。何かまだ言いたそうな――そんな表情に見える。
 だが、今のこの場で俺が具体的なことを問うことは出来ない。此処にはフェイが居る。ルディの身体のことはフェイには何も話していない。ルディが宰相である以上、そうしたことは黙っておいた方が良いだろうと思い、これまで話したことは無かった。
 ルディのことをどうやって聞き出そうか――そう考えていた時に、アンドリオティス長官が意を決した様子で、俺を見て言った。
「……もうひとつ話しておかなければなりません。私が国境を越えた際、背後で銃声が聞こえました。宰相は威嚇射撃だから先に進むようにと、私に告げましたが……」
「まさか……」
 ルディが、撃たれた?
 馬鹿な――。
 四日間も休む間もなく動き回って、その挙げ句に撃たれたとしたら、ルディの身体は持たない。
「ロートリンゲン大将」
 横からフェイが呼び掛けてきた。落ち着けということだろう。そうだ。落ち着かなければ――。こんなところで取り乱したとて、事態が好転する筈も無いのだから――。
 それにあの兄のことだ。むざとやられることは――無い。
「……宰相は……兄には、おそらく何か策あってのこと。ですから、帝都に戻ることを決めたのだと思います」
 ムラト次官が戻ってくる。その後いくつかのフェイからの質問にアンドリオティス長官は答える。その話のなかで、アンドリオティス長官は、帝国の二大勢力の対立が激化していることを告げた。
「これから話すことはまだ各国に知れ渡っていません。どうかご配慮頂きたい」
「解りました。帝国のことはロートリンゲン大将とも深く関わること、是非お話頂きたい」
 フェイの言葉に、アンドリオティス長官は此方を見てから頷いた。
「宰相の与する進歩派と旧領主層を中心とする守旧派、この二派の争いが我が共和国を巡り、新たな争論を生んだようです。端的に言えば、反戦論と主戦論での対立です。宰相は最後まで反戦を訴えるも皇帝に聞き届けられず、このたびの開戦に至ったそうです。私を捕虜としたのはこれ以上の犠牲を増やさず、早期に戦争を終わらせるためだったと言っていました」
 背筋からすうっと冷水が落ちていくような感覚に襲われた。落ち着け――何度も自分にそう言い聞かせる。
「御存知でしょうが、私が捕虜となっている間、帝国と我が国との間で何度も交渉が行われました。宰相とムラト次官の間では、私は近日中に解放することにまで話が及んでいました。ところが、それは急に中断された。皇帝が主戦論側を支持し、宰相を除いた場で、軍の上層部と会議を行った結果です。宰相と同じ反戦論側に立つ、陸軍のヴァロワ長官も皇帝の不興を買い、長官を一時解任されています」
 ヴァロワ卿が長官を解任された?
 馬鹿な。ヴァロワ卿までもが――。
 では今の陸軍長官は――。
作品名:新世界 作家名:常磐