新世界
その時、ざざっと音が聞こえた。
背後も取り囲まれた。
これまでか――。
「攻撃停止!」
敵のなかから攻撃停止を命じる鋭い声が飛ぶ。この部隊の指揮官か。向かい合う敵の一人が、動くな、と此方に告げた。敵の銃口が一斉に此方に向けられる。ハリム少将とラフィー准将が一歩私の前に出た。
「私は新ローマ帝国軍トニトゥルス隊隊長エリク・カサル大佐だ。このエスファハーン支部は完全に包囲した。これ以上、無益な血を流さないためにも、将官と話をしたい」
「何をのうのうと……っ」
怒りを露わにするラフィー准将を制止する。ハリム少将が名乗りを上げようとするのを阻んだ。
「協議ならば応じよう。その代わり、現時点における全ての戦闘を停止願いたい」
「閣下」
大佐を名乗った屈強な身体付きの男は、背後に立つ男の一人をそう呼んだ。閣下と呼んだということは、将官級か。
「新ローマ帝国軍務省陸軍部長官ジャン・ヴァロワ大将だ。まずは貴卿の名と階級を知りたい」
帝国の軍務長官か――。
ムラト大将から話には聞いたことがある。陸軍部長官は話の通じない人間ではない、と。協議次第ではこの状況と何とか乗り切れるだろう。それに無益な血を流さないためにも、とカサル大佐が言っていた。つまりは、帝国側も一時停戦を望んでいるということだろう。
その時ふと視線を動かした。
そして――、言葉を失った。
支部の中に滅法強い男が居て、トニトゥルス隊が苦戦を強いられている――この事実が、この時までは私のなかでひとつに繋がることはなかった。
トニトゥルス隊が苦戦するほどの力量の男。
私は――、彼の強さを知っていたではないか。
マルセイユで初めて会った時、ロイ以外の人間でこれほど強い男は見たことが無いと思ったではないか。その男は新トルコ共和国の人間だったではないか――。
レオンは軍人なのだと、もしかしたらこの戦闘中に再会するかもしれないことを、何故私は考えつかなかった……?
「……その階級章は大将級とお見受けする。名乗っていただけないのか」
名乗らないレオンに対して、ヴァロワ卿が再度問う。レオンは私の姿を見つめていた。こんな形で再会するとは、レオンも考えていなかったのだろう。
否、待て――。
レオンの胸元にある階級章は確かに大将級だった。大将級の軍人でレオンという名は、この国には確か――。
まさか……。
まさか、レオンは――。
「……失礼した。私は新トルコ共和国軍部長官、レオン・アンドリオティス大将だ」
レオンは真っ直ぐ此方を見て、そう名乗った。
レオン・アンドリオティス――、軍部長官だと。