新世界
窓からの侵入者を斬りつけた際、外に帝国軍の軍服を来た男達を五人、確認した。これだけ至近距離に居るにも関わらず、警報機すら鳴らないということは、一階は既に占拠されたのかもしれない。
視界の端で、先程斬り倒した男が、僅かに手を動かすのが見えた。通信機に向かって、長官が居る、と告げる。しまった――と思ったが、もう遅かった。
ラフィー准将はすぐに男に銃口を向けた。ラフィー准将を制すと、男の手が力無く床に落ちる。息絶える寸前に、部隊に連絡をいれたのだろう。
「長官、すぐに軍服を脱いで下さい。此処の地下から外に抜けたところに車を用意してあります。お伴しますので、長官は首都に避難を」
「私は此処を離れる訳にはいかない。此処を落とされては首都が危険だ」
「ですが、長官……!」
カチリと引き金を引く音が背後から聞こえて、すぐさま体勢を低くする。ラフィー准将は身体の向きを変えて銃を構えた。ラフィー准将に後方を任せ、ジンナー大佐と共に前方を確認しながら、ゆっくりと階段へと進む。この支部に一体どれだけ人員が残っているだろうか。銃声が下から聞こえるということは誰かが交戦しているということで、まだ此処を完全に占拠された訳ではない。
「バース中将とギラン中将は?」
「司令部から二百メートル放れた市街地で敵と交戦中です」
刹那、前方の階段へと繋がる通路から帝国軍の兵士が現れた。敵が引き金を引く前に、その手から銃を撃ち落とす。男は一旦壁に身を隠す。その隙に剣に手をかけ、一気に前に出る。
帝国軍の兵士が階段を駆け上がってくる。彼等の銃弾を避けながら、斬り倒していく。一人、二人、三人――、鮮血が壁に弾け飛ぶ。
「この場は私とジンナー大佐が引き受けます。閣下は避難を!」
「……本部のことはムラト大将に任せてきた。私の任務は何としても帝国軍を此処で食い止めることだ!」
剣から拳銃に持ち替え、廊下の片隅で銃を構えていた帝国軍の一人を撃つ。その時、ぐわあっ、と悲鳴が酷く近くで聞こえた。振り返ると、ジンナー大佐の身体が床に崩れ落ちていくのが見えた。
「ジンナー大佐!」
「レオン!」
背後から呼び掛けられる。バース中将とギラン中将だった。支部への襲撃を聞きつけて戻って来たのか。
「何をしている!? 早く地下に行け!」
「私一人だけ逃げるような真似はしません!」
「お前の矜持よりも国家を優先して言っているんだ! ラフィー准将、早く連れて行け!」
ラフィー准将が腕を掴む。反論しかけた時、ギラン中将が後ろを振り返り、拳銃を構えようとした。
ズドンズドンと大きな音が響いた。
ギラン中将の身体から血が噴き出す。
「ギラン中将ーッ!!」
「前に出るな、レオン!」
バース中将の腕が俺の身体を阻み庇いながら、一室に滑り込む。其処は司令室に繋がっている部屋だった。バース中将は扉を頻りに気に懸けながら、司令室とは逆方向の奥側へと進む。其処にある書棚を引き、厚い扉を開くと、階段が連なっていた。
「この階段から一階に下りろ。一階から地下への行き方は、ラフィー准将が知っている。行け!」
バース中将が言い終わるなり、部屋の扉が開いた。開ききる前に、バース中将の拳銃が唸る。応戦しようと拳銃をすぐさま構えたこの腕を、ラフィー准将が強く引っ張る。その手を振り払おうとすると、バース中将の片腕が、俺の身体をラフィー准将に押しやった。
行け、と言いながら――。
「放せ!!」
ラフィー准将は確りと腕を掴みながら、扉を閉める。激しい銃声が聞こえて来る。扉を開けようとすると、ラフィー准将はその顔を涙で濡らしながら、今は逃げて下さいと懇願した。
「貴方は長官です。どうか、御自分の立場のことを考えて下さい」
「仲間を……見捨てろと言うのか……!」
引きずられるように階段を下り、一階へと辿り着くと、其処も鮮血の飛び交う戦場と化していた。アスラン、とラフィー准将の名を呼び掛けたのはハリム少将だった。負傷しながらも応戦しつつ、此方に駆け寄って来る。
「御無事で何よりです。お早く」
刹那、ハリム少将の背後を銃口が狙った。拳銃を構え、その男の肩を撃ち抜く。
「……囲まれたな」
廊下からロビーにかけて、数十の足音が聞こえる。ハリム少将が部隊に死守を命じた。
「まったく守り甲斐の無い方だ」
剣を鞘に収めながら、ヴァロワ卿は言った。私のことに感心しながらも、ヴァロワ卿は鮮やかに剣と銃を使いこなす。流石は実力で長官に上り詰めた人だ――と思った。
軍部省で将官に上り詰めるには、机上の学問だけでなく武術も重視される。文武共に優れた人物でなければ、将官となることは出来ない。それは旧領主層においても例外ではなかった。武門であることを守り続けようとするなら、子供の頃からそうした教育を施しておかなければならない。ロートリンゲン家がそうであったように。
「自分の身ぐらい自分で守りますよ」
ヘリから広場に着陸しようとした時、帝国のヘリだと気付かれた。この場で着陸を見守っていたトニトゥルス隊の隊員達と共和国軍との間で激しい戦闘が繰り広げられ、共和国軍の数十人が此方にも襲いかかってきた。
ヴァロワ卿達と共に応戦した。命までは奪わぬよう、急所を外しながら防戦した。
それからエスファハーン支部へと向かった。途中で、トニトゥルス隊のカサル大佐がやって来て、状況を報告した。隊は既に支部へと突入したらしい。
「制圧したか?」
「いえ、それが敵のなかに滅法強い者が居まして……。苦戦を強いられています」
「共和国のアフラ隊か?」
「いいえ。そうでもないようです。現在、支部内に三十六名の軍人が残存しています。そのうち将官が数名いるようですが、その将官のなかの一人が矢鱈強いらしく……」
「ハッダート大将か?」
「詳細は解りません。それから、支部に軍部長官が居ると先程報告がありました」
「軍部長官が? 確かなのか?」
「まだ確認が取れていません。ですから、隊員達には階級章に注意しろと命じてあります」
「……長官が此方に来ていたということか。宰相」
「すぐに支部に向かいましょう」
新トルコ共和国の軍部長官がエスファハーン支部に居る。上手くいけば、彼を捕らえて停戦協議に入ることが出来る。
それに、これまで表に出て来なかったこの国の軍部長官がどのような人物か興味もある。
「閣下!お下がり下さい!」
倒しても倒しても敵は次から次へと襲いかかってくる。もう何十人斬り倒しただろうか。拳銃の弾はもう切れた。
だが、まだ戦える。
剣を構え直し、敵から降り注ぐ銃弾を避けながら、斬りかかる。二人、三人、四人、この支部に敵はあとどれぐらい残っている?
「……っう……ッ!」
銃声が左側を横切っていったその時、ラフィー准将が小さな呻き声を上げた。振り返ると、右腕から血を流していた。
「ラフィー准将!」
横合いから敵の剣が襲いかかってくる。それを受け止め、薙ぎ払う。側に居た中佐が別の帝国軍の男に向かって発砲した。その男が倒れる。すると別の男が中佐の拳銃を狙う。咄嗟に側にあった帝国軍の銃を男に向かって投げつけた。それが男の顔に命中する。ラフィー准将を庇いながら、一歩一歩後退していく。