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新世界

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「新トルコ共和国が体制以降を成し遂げた。東側の諸国はこれで民主制に移行したことになる。新トルコ共和国が君主制国家にとって最後の砦のような存在だったからな。我が帝国は、今後国際的に苦しい立場に立たされるだろう」
 皇帝はそこで一旦言葉を止めて、此方を見た。
「皆の知っている通り、私はフェルディナントを後継者と選んだ。そのことをよく思っていない者も多いだろう。まずはその話をしよう」
 この会議室に集った面々が顔を見合わせる。否、彼等以上に私が動揺していた。皇帝が何を考えているのか予想出来ない。私の意見に賛同しているようで、フォン・シェリング大将の肩を持っているような――。
「私と皇妃カトリーヌとの間には皇子は誕生しなかった。そのため、フォン・ルクセンブルク家から養子を取る話もたびたび提言されてきた。だが、私はフォン・ルクセンブルク家から養子を取る考えは今でも全く無い。私は私の選んだ人間を継承者としたい。第一皇位継承者であったフアナは生来病弱で、そのフアナ自身も継承権を第二皇女エリザベートに移譲することを考えていた。したがって、第二皇女エリザベートがこの私の後を継ぐ者で、だからこそエリザベートには幼少の頃より帝王学を学ばせてきた。それがまさか、エリザベートまでも原因不明の病で亡くなるとは思わなかったがな。しかし、たとえエリザベートが皇位を継承することになったとしても、私はフェルディナントをその夫とするつもりだった」
 初めて聞く話だった。私ははじめから皇位継承者の皇女の結婚相手と目されていた――など、皇帝はこれまで一度も口にしたことは無かった。
「フェルディナントを宰相に任命した時から決めていたことだ。旧領主のロートリンゲン家となれば皇女の相手として身分に不足は無い。そのうえ、フェルディナントの才については当時からよく噂に上っていたからな」
 他からの求婚を断っていたのはそのためだ――と、皇帝はフォン・シェリング大将を見て言った。
 つまり、皇帝からすれば全て計算していた通りだったということだろう。計算から外れていたことは、皇女が二人も相次いで亡くなり、最後に残った皇女も行方不明になったということで――。
 私はただ、皇帝の手中で踊っていたに過ぎないのか――。
「皇女マリは姿を眩ませる前、フェルディナントに継承権を移譲すると告げた。自分に政治的な才覚は無いから、全てをフェルディナントに委ねる、とな」
 会議室内が騒然とする。フォン・シェリング卿はじろりと此方を睨み付けた。
「よってマリが居なくなろうと、フェルディナントはこの帝国の継承者だ。それは私も認めたこと。いずれマリが戻り、フェルディナントとの間に子が出来れば、皇統は我の血を引く者に戻ることになる。しかし一時的にも皇統がロートリンゲン家に移る。そのことに不満を持つ者も多い。フリデリック、お前もそうだろう」
「……陛下、私は……。私はただ皇統を案じているだけです。フォン・ルクセンブルク家こそ陛下の皇統に近い一族ではありませんか。何故、フォン・ルクセンブルク家を……」
「ヨーゼフの許に皇統は移さない。これは私とヨーゼフとの約束だ」
 皇帝はきっぱりと言い放って、全員を見渡した。
「よってフェルディナントは今は宰相だが、次期皇帝――正式な式こそ済ませていないが皇太子も同然だ。その権限は私の次に強いと捉えよ。尤も、突然そのようなことを言われてもお前達も納得すまい。よって私は、此度の戦争を好機と考える」
「陛下……!?」
 皇帝は開戦を促すつもりだ。
 開戦を認めることだけは――、それだけは絶対に駄目だ――!
「陛下、どうかお考え直しを! 開戦は我が帝国にとって不利です」
「初代皇帝も不利な戦争を勝ち抜き、皇帝の称号を得た。フェルディナント、これはお前にとっても好機だ。その才でもって新トルコ共和国を手に入れよ。さすれば、皆もお前を真の皇帝と認めるだろう」
「陛下……! 僭越ながら、私は戦争には反対です。三ヶ国を相手にしては、多大な犠牲を生んでしまいます。それはこの帝国の利益を損ねることです。そればかりか、帝国を弱体化させかねません……!」
「フェルディナント。これは命令だ」
 皇帝は鋭い眼で此方を見た。咄嗟に言葉を失った。
 皇帝命令には逆らえない。逆らえないことは解っているが、皇帝に思いとどまってもらうにはどうしたら良いか――。
「陛下……! 畏れながら、軍務長官として申し上げます。私も宰相同様、戦争に反対です。宰相の仰った通り、新トルコ共和国がアジア連邦、北アメリカ合衆国と同盟を結んでいるとしたら、軍事力のうえでも三ヶ国が帝国を勝ります。帝国の勝算は限りなく低いものと考えます」
「ジャン・ヴァロワ。いつでも数の上で勝つ訳ではあるまい。その策を考えるのはお前の役目だろう。良いか、私はこの場で宣言する。新トルコ共和国を獲得し、帝国の威信を示せ。開戦準備をせよ」
 皇帝はフォン・シェリング大将の提案した戦争を支持した。
 私は――、何も出来なかった。



 この国で、皇帝の命令は絶対だった。
 たとえ皇帝の決定が間違ったことであっても、それを覆すことは出来ない。宰相といえども、皇帝の命令には服従しなければならない。
 宰相とは一体何なのだろうか。私は一体何のためにこの職に就いたのか。
「ヴァロワ長官から会議の詳細を伺いました。閣下は戦争回避に御尽力なさいました」
「開戦を避けられなかったのだから、何も出来ないと同じだ」
「そのように御自分を責めないでください」
「気遣いはありがたく受け取っておくよ、オスヴァルト」
「閣下……」
「済まないが、今日は帰宅させてもらう」
 一人で考えたかった。どうすれば良いのかを。
 戦争は避けられない。こうなったからには開戦しなければならない。戦争となった場合の被害を最小限に留めるための策を考えなければ――。


 レオンの言っていた通りだった。専制君主制は危険だと。
 私とてその危険性を認識していなかった訳ではない。だが、現皇帝は侵略を否定する思想の持ち主だったから万一の事態は起こらないと考えていた。
『だが明文化はされていない。それは必要となればいつでも侵略が出来るということだ』
 レオンの言っていた通りだ――。
 私が甘かった。
「フェルディナント様。ヴァロワ様がお見えです」
 自室で椅子に腰掛けて静かに考えていたところ、ミクラス夫人が来客を伝えにやって来た。きっとヴァロワ卿は今日の会議を受けて、相談に来たのだろう。
「応接室でお待ちいただいております」
 椅子から立ち上がると、ミクラス夫人はそう告げた。

 ヴァロワ卿は、軍務省からそのまま此方に立ち寄ったようだった。疲れているところに済まない、とヴァロワ卿は言った。しかしヴァロワ卿も随分疲弊しているように見えた。
「いいえ。ヴァロワ卿こそお疲れでしょう。今日の会議ではありがとうございました」
「いや、私も思ったままのことを発言したまでだ。陛下の御決断を変えることは叶わないと解っていたが……」
作品名:新世界 作家名:常磐