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新世界

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 そういえば、ルディの牢のなかに囚人がもう一人居たとアンドリオティス長官が言っていた。きっとその囚人がアラン・ヴィーコだったのだろう。
「それに……、アランのおかげで、気付いたことがある……」
「何だ?」
 ルディは微笑んで、父上のことだ――と言った。
「父上?」
「私はずっと……、父上に、厭われているのだと思っていた……。父上の言葉は厳しくて……」
「厳しかったな。俺も大半が叱られた記憶だ」
 確かにルディは俺以上にきつく叱られていた。子供の頃は特にそうだった。父は言葉を慎重に選ぶような人間ではなくて、率直すぎるほど率直に言うものだから、時にそれは酷くきつい言葉になる。
 ルディはそうした言葉に傷付いていた。私は父上に嫌われている――と俺にも言ったことが何度かある。厳しいが、嫌っている訳ではないだろうとルディに言っても、ルディは曖昧に笑むだけでその言葉を撤回することは無かった。
「父上は……、私の身体が弱いことを……、叱っていたのではなく……、私が弱気になることを、叱っていたんだ……」
「ルディ……」
「アランのおかげで気付いた……。考えてみると、父上が厭っているのなら……、誘拐された時、あんなに……必死になって……、助けに来てくれる筈が……無い……。私は……、そのことに初めて……気付いた……」
 ルディは微笑んで、もっと親孝行しておくのだった、と呟いた。
「ルディに気付いてもらえただけ、父上は喜んでいる筈だ。今頃、天国で早く快復しろと言っているかもしれないぞ」
 ルディはとても穏やかな表情をする。そして、一度眼を閉じて大きく息を吸い込み、それを吐いた。
「快復したら……、共和国に行ってみたいと……思っている」
「共和国に?」
「ああ……。色々なものを見てみたい……」
 考えてみると、ルディは一度も他国に行ったことが無い。長距離を移動するのはルディの身体に負担がかかるから、今迄控えていた。
 だが――、休息を取りながら少しずつ移動すれば、ルディを共和国に連れて行くことも出来るだろう。実際、リヤドまで行ったというのだから。
「だったら俺が連れて行く。帝国の町を巡りながらのんびり行くのも良い気晴らしだろう」
 ルディは嬉しそうにありがとうと微笑む。それから俺の眼を見て問い掛けた。
「アジア連邦は……、どんな国だった……?」
「此処とまるで文化が違う。まあ、俺も観光はしていなかったが、人々は穏やかだし、少し東に行けばすぐに海が見えて良い所だ」
「そうか……。いつか……、連邦にも行ってみたいな……」
「帝国からみれば東の果てだからなあ……。……ああ、でも、俺のように海路を使えば良いのか。そうだ。そうすれば、ルディも行ける」
「海路?」
「ああ。ビザンツ王国の港から船に乗るんだ。船が揺れることもないし、一室を借り切ればのんびり船旅を楽しめる」
 ルディは顔を綻ばせ、行ってみたいものだ――と言った。
「……予定を立てようか? ルディ。共和国と連邦を巡る旅の」
「欲張りな旅だな……」
 ルディは笑いながら、楽しそうだが――と少し躊躇するように言った。体力的に二ヶ国も巡り歩けないと考えたのだろう。
「来週の手術を乗り越えれば、ルディの身体は快復する。それに、二ヶ国を巡るといっても、ルートを選べば大丈夫だ」
「手術……、もう来週か……」
「ああ。……大手術になるが頑張れよ」
 ルディは微笑を浮かべて、ああ、と力強く応えた。
 大丈夫だ。今のルディなら乗り越えられる。必ず快復する――。
 ルディの表情と声は、俺を安堵させた。ルディ自身がそのことに自信を持っているかのように見えた。
「俺が旅行の予定を組んでおくから、ルディはそれまでに快復しろよ」
 俺がそう告げると、ルディは解ったと嬉しそうに頷いた。



 一昨日の容態急変から一転して、昨日のルディの具合は頗る良かった。起きている間は俺やミクラス夫人と会話を交わしていた。顔色も良かった。往診に来たトーレス医師は、ルディの容態が安定していることを確認してから、四日後に迫った手術の説明を行った。ミクラス夫人やフリッツも同席し、ルディは説明を聞いた後で、いくつか質問をした。
 快復後は以前のように動くことが出来るのか、快復にはどれぐらい時間がかかるのか――と。

 ルディは既に手術後のことを見据えていた。ルディの体力を考慮すれば、完全な快復までには一年程かかるが、以前のように、もしかしたらそれ以上の運動が可能となるかもしれないと、トーレス医師は応えた。その回答にルディは満足した様子だった。
 今朝、出掛ける前にルディの部屋を覗いたところ、ルディは眼を覚ましていた。出掛けて来ると告げると、ルディは行っておいでと見送りの言葉をかけてくれた。

「心臓と肺の移植手術となると大掛かりだな」
 連邦の臨時作戦本部に出勤すると、フェイがルディのことを尋ねて来た。容態が安定したことと、予定通り手術を行うことになったことを告げると、フェイは顎に手を添えて言った。
「まあな。心配が無いという訳ではないが、今の兄を見ていると乗り越えてくれるように思える」
「私の伯父も肝臓移植を受けましたが、術後もけろりとしていましたよ。ロートリンゲン大将の兄君と同じように自分の細胞を培養しての移植でしたが、拒絶反応が無い分、身体への負担が軽いと言っていました。本人曰く、寝ている間に身体がすり替わったようだと」
 ワン大佐が大丈夫ですよ――と言いながら、そう教えてくれた。自己細胞培養での移植手術は成功率も高いと聞いている――と横合いからフェイが言う。
「宰相はまだ屋敷に居るのだろう? 当日に入院するのか?」
「いや、手術前日の明後日に入院させる。術後も当分は病院だ」
「一応、第七病院の警備を強化しておいた方が良いだろう。手配をしようか? 最近は暴動も無いから大丈夫だとは思うが……」
「ありがとう。だが、ヴァロワ卿が既に警備を強化してくれたから大丈夫だ」
「そうか。ならば安心だ」
 フェイから書類を受け取り、席に戻って眼を通していく。来月には講和条約の締結を行うことになっていた。帝国は旧体制のままで締結に臨むことになっており、条約後に議員選挙を行って、新たな議会の許、各省が一新されることとなった。
 今は物事が活き活きと動いているようだった。マスコミは連日、選挙と議会について報道し、それによって国民の政治への関心は高まっていく。これまでの閉鎖的な風潮は一瞬にして消え失せてしまったかのようだった。

 不意に、この部屋の扉がノックされる。ワン大佐が入室を促すと、ヘルダーリン卿が姿を現した。フェイに何か用があるのか――と思ったら、フェイに目礼し、すぐに此方を見遣る。
「ロートリンゲン大将。少々、お時間を頂けますか」
 その様子から察して、どうやらこの場では話し難いことのようで、フェイに許可をもらってから部屋を退室した。ヘルダーリン卿に促されて廊下の奥の影に行く。ヘルダーリン卿が声を潜めて言った。
「ヴァロワ卿から何か連絡はありましたか?」
「ヴァロワ卿から……? いや、今日は何もありませんが……。どうかしたのですか?」
作品名:新世界 作家名:常磐