新世界
「帝国に来てからというもの、殆ど休んでいないだろう。何かあればすぐに知らせるから仮眠を取ってこい」
ハッダート大将は俺の腕を掴んで立ち上がるよう促す。渋々立ち上がると、本戦が始まる前にじっくり休んでおけ――と言った。
「五時間後には宮殿を包囲することになるんだ。そうなると、帝国軍も残存勢力を総動員させるだろう。テルニの刑務所も警備は一層厳しくなる筈だ。万全の状態で臨んでおけ」
マームーン大将の本隊が宮殿に突入すると同時に、俺はハッダート大将達と共にテルニのアクィナス刑務所に突入することが決まっていた。
帝国は連合国軍が帝都に侵攻したとなると、帝国の立たされた状況が悪いことに気付くだろう。そうなると、全ての内情を知るルディを殺害するかもしれない。
幸いにして、帝国軍はザルツブルク支部から帝都に至るまでの主要支部が制圧されたことをまだ知らない。通常通り稼働しているように――、ザルツブルクで未だ応戦しているように見せかけていた。各支部の支部長達が、異常は無いことを定期的に本部に知らせている。そのため、まだ何も気付かれていない。
騙し討ちのようなやり方だが、ミサイルの動静も監視しなければならないから、平和的に解決させるためには一番確実な策だった。
予定では五時間後――。
ミサイル発射の兆候や帝国軍が此方に気付くようなことがあれば、予定を早めることも考えている。いつでも出陣出来るよう、マームーン大将の配慮によって、既に準備は整っていた。
遅くとも五時間後にはルディを救出に向かえる。
あと五時間――。
「では少し休ませてもらいます。その前にハッダート大将、ミサイル基地の状況は?」
「今のところ何の異常も無いそうだ」
ヴァロワ大将から聞き知ったミサイル基地を、特殊部隊アフラに見張らせていた。彼等から数時間おきにハッダート大将の許に報告が入って来る。何の異常も無いということは、帝国軍も流石に二発目の発射は無いということか。
レーダーや通信機といった機材が積み込まれたこの車が、臨時司令室となっていた。その車から降りて、支部を一瞥する。ヴァロワ大将の機転によって降伏したこのザルツブルク支部は、帝国軍の兵士と連合国軍の兵士が入り交じっている。今の帝国との関係を考えると不思議な光景ではあるが、これが本来あるべき普通の光景なのだと思う。
此方に気付いて敬礼をした兵士達に敬礼を返す。車の裏手に回って、設営した宿営地に入る。上着を脱いで、簡易ベッドに横たわる。
『平穏な日々が戻ったら、また会おう』
眼を閉じると、ルディの言葉が思い返される。
無事だろうか――考えれば考えるほど、不安になる。ルディは三日間の移動の時ですら、体調を崩したのだから。
具合が悪そうに薬を飲む様を目の当たりにしていた。アクィナス刑務所での日々は一層辛いだろう。
あと少し――。
あと数時間でルディを助けられる。助けてみせる。
一時間、仮眠を取った。休む前にセットしておいたベルが鳴り、起き上がる。水を飲んで一息吐いた。上着を着てから外に出ると、アジーズ少将が駆け寄ってきて、長官と呼び掛けてくる。
「ミサイル基地に動きがありました。ハッダート大将が至急いらして下さるようにと」
二発目を発射させる気か――。
「解った」
すぐにハッダート大将の居る車に乗り込む。ハッダート大将の隣にはマームーン大将も居た。
「折角休んでいたところ済まんな」
そう声を掛けてきたハッダート大将に、マームーン大将がぎろりと睨む。ハッダート大将は失礼しましたと言って、ひとつ咳払いした。
「いえ、ちょうど起きたところです。状況は?」
「アフラ隊からの報告によると、発射台に燃料を充填するのを確認したとのこと。燃料充填から最短で一時間後には発射可能となります」
一時間後――。
この発射は食い止めなければならない。帝国の狙いはもう首都アンカラしかない。
「アフラ隊に突入を。帝国軍トニトゥルス隊にはその場で待機を求めて下さい」
ハッダート大将は頷いて、すぐに指揮を下す。マームーン大将が少数で大丈夫でしょうか、と問い掛けた。
「トニトゥルス隊を戦わせる訳にはいきません。すぐに本隊の一中隊を援軍に向かわせましょう」
「長官、トニトゥルス隊の隊員達が自分達も加勢すると言っています。どうなさいますか?」
「……ではヴァロワ大将に事の次第を至急伝えて下さい。彼等が動くのはそれからだ」
ハッダート大将はすぐにオペレーターに対して、ヴァロワ大将に同行しているイェテル准将に連絡をとるよう告げる。
アフラ隊が突入したことを帝国が知れば、おそらく支部降伏のことにも気付くだろう。残存兵力で帝都の守りを固めてくる筈だ。
この数時間が勝負になるか――。
「マームーン大将。本隊の最終調整は?」
「既に準備は万全に整えてあります」
「ならば出立時刻を早めます。出立は今から一時間後、各隊に通達をお願いします」
「了解」
マームーン大将は敬礼をして、すぐにこの場を去っていく。ハッダート大将はヴァロワ大将に通信が繋がった旨を告げた。
「ヴァロワ大将。帝国軍がミサイルを発射する兆候が見受けられたので、此方の特殊部隊に突入を命じたのですが……」
事情を話すと、ヴァロワ大将はトニトゥルス隊を動かすことを提案した。
「二発目のミサイル発射は何としても避けたい。アンドリオティス長官、トニトゥルス隊の指揮は私が執ります。許可を頂けますか」
音声だけの通信だったが、ヴァロワ大将が懸命にそれを阻止しようとしていることが伺えた。二発目のミサイルを発射させることは、帝国にとっても不利に働くということをヴァロワ大将は解っている。解っていないのは、帝都に居る将官達だけなのだろう。
「解りました。宜しくお願いします」
「ありがとう」
ヴァロワ大将はこのザルツブルクには立ち寄らず、そのまま帝都へ向かうことになった。
「ムラト次官に通信を繋いでくれ。万一の事態を考慮して避難指示を出してもらう」
三十分後、マームーン大将を指揮官とする本隊は帝都に向けて進軍を開始した。俺はハッダート大将とイムラーン中将、アジーズ少将と共に帝都の北隣にあるテルニへと向かった。長官が居るということを気付かせないために、本隊とは別の進路を取った。
連合国軍第一陣が帝都に入ったのは、帝国時刻の午後三時十分のことだった。マームーン大将からの報告によると、住民達には全く避難指示が出ていなかったのだという。マームーン大将は、宮殿への突入前に、住民達に外出を控えるよう呼びかけを行ったらしい。
「住民達に危害を加えたら厳罰に処すと全員に通達して下さい」
出立前にもそのことは厳しく言い添えておいた。それをもう一度、マームーン大将の口から全兵士に伝えてもらった。住民に危害を及ぼすことも、略奪も決して行ってはならない――と。
その一方で、午後四時五分、俺達はテルニに到着した。一個小隊ではあるが、アフラ隊並みの精鋭揃いだったから、不安は無かった。俺が抱いていた不安はルディのことだけだった。
「外に警備兵が二十三人。刑務所にしては数が多いのは、戦闘開始を受けてか」