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新世界

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 最後の言葉は今日何度発しただろうか。
 しかし一番重要な点だった。もし支部内部の者が一発でも連合国軍に銃弾を発砲したら、連合国軍との戦闘が開始されかねない。この場は何とか話し合いで解決したい。双方共に血を流すことなく、穏便に事を進めたい。
 カサル大佐と軍の専用車両に乗り込み、連合国軍の大軍に向けて出発する。五分ほど車を走らせた広場で止まり、車を出て、連合国軍を待つ。

 隣に立つカサル大佐は一度深く深呼吸をしていた。落ち着かないのかもしれない。連合国軍が此方の姿を見つけるなり、いきなり銃弾の雨を降らせてきたら、手も足も出ない。そんな危険な任務の前では、自然な感情だろう。
 私は不思議と落ち着いていた。今回の交渉が上手くいけば、ひとつだけ胸の痞えが取れると考えていた。
 裏切り者の誹りを受けることになるだろう。戦後には処刑が待ち構えていることだろう。それでも、こんな馬鹿げた戦争で何千人、否、何万人もの命を失うぐらいなら、その方が余程増しというものだった。
「閣下。我が国はどうなるのでしょうか」
 カサル大佐がまだ遙か遠くに居る連合国軍から少し眼を放し、此方を見遣って問い掛ける。
「戦後に大きく変わるだろう。廃帝問題も出て来る筈だ」
「共和国のように議会が力を持つようになる、と?」
「そうだな。それが一番望ましいと私は思っているが、なかなか難しいかもしれない。この国の経済は旧領主層が握っているのと同じこと。この国を根本から変えることになるからな」
「この国が変わることには賛成ですが、急激な変化は紛争を生みかねないのではないですか?」
「ああ。だから宰相は漸次的な変化を求めてきた。段階的に旧領主層の特権を廃止し、議会の発言力を高める……。しかしいつも重要な一手のところで、陛下に握り潰された」
「……もし宰相閣下が皇帝となっていたら、宰相閣下はそれを成し遂げられたでしょうか?」
「やってくれていたさ。宰相は一見穏やかそうに見えるが、芯が強い。宰相が皇帝の座についていれば、この帝国はさらなる繁栄を遂げただろう。……が、陛下が宰相を処罰した時点で、この帝国は終わったも同然だ」
「この国はやはり一度滅びますか……」
「変化という点では同じだ。ただ漸次的なものか、急激なものか、その違いがあるというだけのこと。……カサル大佐、そろそろ来るぞ」
 先陣の姿がはっきりと見え始める。全員が此方に銃口を構える。カサル大佐が拳を握り締めたのが解った。


 連合国軍は、私達の約五十メートル手前で立ち止まった。最前列の銃口は一斉に此方に向いていたから、妙な真似をすればすぐに撃ち殺されてしまうだろう。
 一歩前に進み出る。照準を合わせるように銃が僅かに動いた。カサル大佐がそっと手を挙げて私を庇おうとする。彼に首を横に振り、その手を下ろさせて、連合国軍を見据える。
「私は帝国軍陸軍部所属ジャン・ヴァロワ大将だ。其方の指揮官と話がしたい」
 連合国軍を見渡して言い放つ。一見する限り、士官の階級章を付けた者が見当たらない。マームーン大将は此処ではない別の場所から指揮を執っているのだろうか。だが、この隊のなかには、士官が居る筈だ。
「武器を捨てろ」
 何処からともなく声が聞こえて来た。私自身は武器を所持していなかったが、カサル大佐が護身用の銃を保持している。カサル大佐にそれに従うよう告げる。彼は躊躇したが、腰に備えてあった拳銃をその場に置いた。
「武器はこれだけだ」
 銃を持った最前列の兵士達がじりじりと歩み寄る。彼等はあっという間に私とカサル大佐を包囲した。銃口が至近距離からずらりと並んでいる。何が目的だ――と大尉の階級章を身につけた男が問い掛ける。
 それに応えようとした時のことだった。

「銃を下ろせ」
 連合国軍のなかから、太い声が聞こえてくる。聞き覚えのある声で、マームーン大将だとすぐに解った。
 兵士達はその命令を受けて、一斉に銃を下ろす。彼等に下がるよう告げて、口髭を蓄えた中年の男――マームーン大将が近付いて来る。彼は眼の前で立ち止まると型通りの敬礼をした。此方も敬礼を返す。
「ヴァロワ大将。まさか貴卿がこの支部の指揮を執っているとは思わなかった。兵を全員ザルツブルクに退かせてどのような策を講じるのかと考えていたが……」
「御無沙汰しております。マームーン大将。お話があって、本部から参りました」
「話……? 降伏ということですかな」
「このザルツブルク支部は全面的に降伏し、支部ならびに兵員を一時、貴国にお預けします」
 マームーン大将は僅かに眉を動かした。側に居た中将の階級章を有した男に兵をもう少し下がらせるよう告げる。彼は敬礼して、すぐその指示に従った。兵が私達から少し遠退く。
「……軍人が戦わずして要塞を明け渡すということの意味を踏まえての御決断か」
「帝国への裏切り行為であることは重々承知しております。覚悟の上、此方に参りました」
 マームーン大将は私を見つめると、困ったような悲哀の混じったような表情で、ウールマン大将から話は伺っている――と言った。
「帝国の内部が分裂していると。ヴァロワ大将、貴方がそのような判断を下すということは、我々が予想していた以上に事態は深刻であるということだろう。……解った。支部降伏は受け入れよう」
「ありがとうございます。それからどうか、部下達の生命と身体の安全の保証を」
「無論、無抵抗な者には安全を保証する。ウールマン大将についても同じこと。現在、我が国の西方警備部で待機して頂いている」
「御寛大な処置に感謝の表しようもありません」
「その代わり、支部は完全に明け渡してもらうことになる。それから、ヴァロワ大将、貴方とはもう少し話がしたい」
 マームーン大将は兵士達にその場での待機を命じ、一部隊のみを率いて、ザルツブルク支部に足を踏み入れた。カサル大佐に命じて、戦々恐々とする兵士達に心配は無用であることを伝えさせる。司令室に招き入れると、マームーン大将は徐に此方を見て言った。
「このザルツブルク支部に兵士達を集結させたのは、降伏のためだったか……。貴方の決断によって命を救われた兵士達は数多いことだろう」
「勝敗の明かな戦闘です。開戦前から帝国の惨敗は予想出来たこと……、これ以上の犠牲は帝国を衰えさせる。そう考えて、降伏の道を選択しました」
「成程。ヴァロワ大将、此方としては貴方が指揮権を握っていたらと歯痒くてなりません。貴方が長であれば、戦争を回避していたでしょう」
 マームーン大将の言葉を、いいえと言って否定した。私は何も出来なかったのだから。
「たとえ長官の座に留まっていても、皇帝陛下の御意志の下では私の発言は握り潰されてしまいます。陛下の御意を制することが出来たのは宰相閣下であり、その宰相閣下が陛下によって裏切られた今、帝国の暴走は誰にも止められません」
 マームーン大将が何か言いかけた時、ピーピーと何かの着信を報せる音が鳴った。彼の側に居た少将が通信機を取り出す。マームーン大将から少し離れて、言葉を交わす。短い会話で、それが終了するとマームーン大将にそっと耳打ちした。マームーン大将はそれに頷いた後、私を見て言った。
作品名:新世界 作家名:常磐