新世界
「君達がこの過酷な戦闘に尽力してくれたこと、感謝する」
話し始めると、彼等はざわめきを止める。そして私に注目する。
「本部でただスクリーンを眺めていただけの私と違い、君達には勝敗の行方が既に解っていると思う。今回の戦闘に我が国は勝利出来ない」
此処まで明言すると流石に動揺が走る。カサル大佐が静かにするよう告げる。ざわめきが少しずつ消えていく。
「此処に来る時、用意出来るだけの食糧と水を持って来た。だがそれは、連合国軍との戦いに備えるためではない。君達には此処で暫く留まってもらうことになるからだ」
これから連合国軍にザルツブルク支部の降参を告げるつもりだと伝えると、一層動揺が走る。帝都はどうなるんだ――と不安を漏らした者も居た。
「連合国軍は遅くとも再来週中には帝都に侵攻するだろう。たとえ君達が此処で戦ったとしても、その時期は変わらない。多数の命が消えていくだけだ。現在、帝国軍の兵力は著しく低下している。もう戦争継続能力は皆無に等しい。……そして連合国軍は非戦闘員に危害は加えない」
「大将閣下! 勝敗が明らかならば何故、降伏なさらないのですか!?」
前方に立っていた少佐級の男が一歩前に出て問う。背後の兵士達がそうだそうだ、と同調する。
「私は此処に来る前に、長官に降伏を申し出た。しかし長官は戦争を継続する意志が固い。私は長官の意志に反して行動している。それをどう受け取るか、君達で判断してほしい。長官の意に沿い、帝国の利益を守るために戦うというのなら、止めはしない。だが、今回の戦争の経緯を今一度思い返してみてほしい。果たして、帝国は国益となる戦争を行ったのか否か――」
兵士達が静まりかえる。先程の佐官級の男も黙って俯いた。
「私は戦後のことを考え、君達に行動してほしいと願っている。君達が為すべきは戦後に混乱するであろう帝国の治安を守ることだ。物事を正しく見、判断してほしい」
連合国軍がこの日に一気にザルツブルク支部に押し寄せてくることも予想していたが、意外にもそうではなかった。残存兵が一度にこの支部に逃げ込んだから、警戒しているのかもしれない。
尤も、このザルツブルク支部に近付いてはいる。私としては出来るだけ早く、此処に来てもらいたかった。時間を要すれば、本部が此方の動向に気付いてしまう。その前に、この支部を制圧してもらいたい。
だが、降伏の入電を此方から行えば、本部に知れることになる。そのため、連合国軍側にこの支部に来てもらうしかなかった。
「閣下……。本当に大丈夫でしょうか……?」
スクリーンに映し出される連合国軍の進軍の様子を見て、少佐が不安混じりに問い掛けてくる。
「この進軍の指揮官は共和国のマームーン大将だな」
「ええ。そのようです」
「ならば君達の安全は保証出来る」
スクリーンの端に表示されている支部までの連合国軍到達時刻が、あと一時間を切る。マームーン大将ならば、全く抵抗しないこの支部に攻撃を加えることは無いだろう――そう考えていた。
「閣下と大佐は……」
「連合国軍の陣を目視で確認次第、マームーン大将の許に話に行く」
シュトライト少佐は不安そうに私を見、私も参ります、と言ってくれた。
「いや、君は此処で待機していてくれ。呉々も攻撃をしないように兵士達に言い聞かせてくれ」
「……了解しました」
マームーン大将とは国際会議で三回会ったことがある。初めて会ったのは、私がまだ中将だった時だった。一度目の会議が終わり、二度目の会議が開催されるまでの間、ロビーで資料に眼を通していた私に声をかけてきたのがマームーン大将だった。あの時は帝国とアジア連邦との間で少々揉め事が起こっていた時期で、下手をすれば一触即発の危機となっていた。穏便に物事を片付けようとするロートリンゲン元帥が会議に出席出来なくなり、私が代わりに赴いた。共に出席していた大将がフォン・シェリング大将に肩入れしている者で、強硬姿勢を貫こうとしたから、何とか彼の隙を突いて、発言の機会を得る必要があった。
一度目の会議では衝突を避けられた。二度目の会議でも何とかその大将の発言を抑えて、交戦の意志は無い旨を、それとなくアジア連邦に伝えなくてはならない。結構厄介な仕事で、頭を悩ませていたところだった。
『ロートリンゲン大将が会議に参加されると聞いていたが、今回はご欠席か?』
『急用により、欠席せざるを得なくなりまして、私が代理として参りました。帝国軍陸軍部軍務局所属ジャン・ヴァロワ中将です』
マームーン大将と言葉を交わしたのはそれが初めてだった。穏和そうな雰囲気を持った人だった。
『貴国は連邦との戦争を覚悟しているのか』
『出来うる限り避けたいと考えております』
『それは君自身の考えか? それとも上官……ロートリンゲン大将の考えか?』
『……軍に所属する殆ど全ての意志です』
実際は開戦派と反戦派が半々といったところだったが、敢えてそう答えておいた。するとマームーン大将は面白そうに私を見て解ったと告げ、君の努力に敬意を表そう――と言って、私の側を去っていった。
その時は意味が解らなかった。その後、二度目の会議で隣に座っていた大将が開戦を辞さないような考えを述べたものだから、背に冷や汗が流れ落ちた。この発言を何とか撤回、もしくは修正しなければと、精一杯考えていたところへ、マームーン大将が手を挙げて言った。
『帝国はアジア連邦との戦争の意志があるのか』
と。大将が答えるより素早く挙手をして、開戦の意志は無い旨を告げた。横合いから待て、と大将が発言を撤回させようとしたが、敢えて聞こえない振りをしていた。
あの時、マームーン大将が助け船を出してくれなかったら、もしかしたらアジア連邦と戦争を開始させていたかもしれない。
その後も国際会議で二度、マームーン大将と顔を合わせた。挨拶をし、他愛の無い会話を弾ませることもあった。
そんな人物であったから、此方が先制攻撃を仕掛けなければ、攻撃することは無いだろうと考えた。
「閣下」
スクリーンを見つめていたシュトライト少佐が此方を見遣る。頷き応えた。
連合国軍の姿が窓から確認出来る。此処からはまだ少し距離があり、黒い点としてしか姿を確認出来ない。しかし、相当な数の兵員だった。
「カサル大佐を呼んでくれ」
「此方に居ます。閣下」
遅くなりました、そう言いながら、カサル大佐が扉から歩み寄って来る。カサル大佐はシュトライト少佐を私の護衛に残し、その他のトニトゥルス隊の隊員達と最終的な打ち合わせを行っていた。万一の事態が起きた場合――連合国軍が一気に攻撃をしかけた場合――の対処を話し合っていたらしい。そのような事態は起こらないと思うが、先制攻撃に走らないことだけは厳しく伝えておいた。
「では済まないが、同行してもらえるか?」
「勿論です」
カサル大佐は背を正し、窓の外の連合国軍を一瞥した。あと二十分ほどで、先陣が此方に到着するだろう。
「閣下!」
ザルツブルク支部を出ようとしたところ、下士官や兵士達が数名駆け寄ってきた。私も参ります――と口々に申し出る。
「いや、こういう場合は少数の方が良い。君達は支部内部で待機を。……呉々も短慮は起こさないように」