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新世界

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「此処に来る前に、アンドリオティス長官に支部降伏の件について、連絡をいれておきました。長官は此方に向かっています。貴方と話をしたいとのこと、宜しいか?」
「ええ」
 三時間程で到着出来る筈だと、マームーン大将は言った。三時間ということは、もしかして帝国領内に居たのだろうか。あのアンドリオティス大将ならばそれも考えられるが――。
「それまでの間、この支部の構成員や兵員についてお尋ねしたい」
 このザルツブルク支部には現在、本来の支部員の他、周辺地域から撤退してきた戦闘員がいる。その人数を報せ、トニトゥルス隊の佐官級の隊員を紹介した。
 そして、私は此処に来る際、帝都までの主要支部にも降伏を促してきた。いずれの支部長も良く知った者達で、フォン・シェリング大将の強硬路線に反対していた。そうした理由もあって、連合国軍が到来した折には支部を明け渡すことを承知してくれた。
 したがって、ザルツブルク支部での交渉が終了すれば、連合国軍はすんなりと帝都に侵攻出来ることになる。おそらくは数日中に、宮殿を包囲出来るだろう。尤も危機感を覚えたフォン・シェリング大将がミサイルを使用する可能性も高い。そのために、ヘルダーリン卿にそうした動きがあったらすぐに連絡を呉れるよう頼んでおいた。

 それらをマームーン大将に伝え、連合国軍に投降する意志のある将官と佐官の名前を列挙する。そうした事務的な連絡事項を行っている間に、時間は過ぎていった。


 アンドリオティス大将がこのザルツブルク支部にやって来たのは、三時間半が過ぎてからのことだった。その間、マームーン大将は此処から少し離れた場所で待つ戦闘員達に休息を取らせるよう指示していた。
 心配していた支部内の混乱は生じなかった。皆、命令に従い、連合国軍に武器を提出し、支部内で休息を得ていた。
 アンドリオティス大将の乗った専用機が、支部内の敷地に降り立つ。マームーン大将は私に此処で待つよう告げ、彼と彼の部下の少将は部屋を後にする。
「本部から何か連絡は入っているか?」
 通信機の側に居たシュトライト少佐に尋ねると、彼はいいえと首を振った。フォン・シェリング大将はまだ何も気付いていないのだろう。好都合だ。



 程なくして、アンドリオティス大将がマームーン大将と共にこの部屋にやって来た。
 アンドリオティス大将は、三ヶ月前に会った時とまったく変わっていなかった。彼の側にはハッダート大将が控えている他、中将の階級章を身につけた男も居た。この二人が護衛役ということだろう。
「ヴァロワ大将。御英断に感謝します」
 アンドリオティス大将は眼の前まで歩み寄ると、そう言った。
「此方こそ、ウールマン大将はじめ、捕虜への御配慮に感謝します。アンドリオティス大将」
「このザルツブルク支部の兵士達の身の安全は保障します。暫く窮屈な思いをさせてしまいますが、どうか御容赦頂けますよう」
「長官、そのことなのですが、ヴァロワ大将はザルツブルク支部のみならず周辺支部……いえ、帝都までの主要支部の兵士達も各支部への待機を指示してらっしゃいます」
「帝都までの主要支部を……?」
 マームーン大将の口添えに、アンドリオティス大将は少し驚いた表情をする。すぐにその表情を収め、ハッダート大将に向けてムラト次官に連絡をいれるよう告げた。
「マームーン大将、申し訳無いのですが、ヴァロワ大将と二人きりで話がしたいので少しの間、席を外して頂けますか?」
「解りました」
 マームーン大将は敬礼し、部下の少将を促してこの司令室を去っていく。此方も側に居たカサル大佐とその部下達を退室させる。二人きりになると、アンドリオティス大将は私に向き直り、先日はありがとうございました、と一礼した。
 脱走の際のことだとは解ったが、こんな風に丁寧に感謝を告げられるとは予想しておらず、返す言葉を失った。
 宰相がこの男に全てを賭けた気持が――、そして共和国の軍部で高い支持を得ている理由が解った気がする。
「あの時、私を捕らえることも出来たでしょう。それを見逃して下さった。その責任をお取りになったとウールマン大将から聞いています」
「……私の選択は間違っていなかったのだと今、確信しました。宰相のことを考えれば、あの時、無理矢理にでも宰相を押し止めるべきであったのではないか――と、迷っていた時もありました。……だが、貴方は宰相が認めた通りの方だ。全てを貴方に託したのでしょう」
「別れる間際、宰相から戦争を終わらせて、帝国の暴走を止めてほしいと告げられました。……宰相はこうなることを全て読んでいたのだと思います」
「そうでしたか……。宰相らしい」
 帝国内部で抑えることは不可能だと判断していたのだろう。宰相のことだ。早い段階で、帝国の終焉に気付いていたのかもしれない。
「ヴァロワ大将、私はハッダート大将と共に、これから宰相の捕らわれているアクィナス刑務所に向かいます。マームーン大将にはこのまま進軍を続けてもらい、宮殿を包囲します」
アンドリオティス大将の言葉にすっと肩の荷が下りた気がした。宰相が捕らわれて三ヶ月――、漸く宰相をあの刑務所から救出することが出来る。宮殿が包囲されるという深刻な事態のことよりも、宰相の件の方が、私にとっては重要なことだった。
「ありがとうございます。……国際会議で認められた軍隊であり、またアンドリオティス大将の配慮も解っています。ですから、重ねて申し上げるのは失礼かもしれないが、帝都侵攻に際しても住民への被害は最小限に留めていただきたい」
「無論、そのつもりです。非戦闘員に手出しをしてはならないと厳しく通達してあります。尤も抵抗されたら応戦せざるを得ませんが……」
「帝都の住民には私の方から外出を控えるよう勧告します」
 この支部に来る前に、周辺地域の住民には外出を控えるよう伝えてきた。住民に被害が出たという話は聞かないから、その辺りのことは連合国軍も配慮してくれているのだろう。
「ヴァロワ大将、私からひとつお願いがあります」
 アンドリオティス大将は胸元から拳銃を取り出した。帝国のものであることは一目で解った。宰相が彼に渡したのだろう。
 待て。宰相が渡した拳銃ということはもしかして――。
「国境を越える折、宰相からこの拳銃を借りました。この拳銃の本当の持ち主――宰相の弟、ロートリンゲン大将に貴卿から返して頂けないでしょうか」
「……ロートリンゲン大将の拳銃でしたか」
 やはりそうだったのか。拳銃を受け取ってから、銃把部分の下側にハインリヒのイニシャルが刻印されている。私が宰相に護身用にと手渡したものに違いなかった。
「ですが、アンドリオティス大将。ロートリンゲン大将は帝国を追放され、今は何処にいるのか解りません。これは貴方から宰相に、護身用としてお渡し願えませんか?」
「ロートリンゲン大将の居所は知っています」
 アンドリオティス大将はそう言った。
 ハインリヒの居所を知っていると、今、確かにそう言った。


作品名:新世界 作家名:常磐