世界の彼方のIF
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「マスター、そんなに慌てて、どうなさったのです? 緊急会議だったのでは。忘れ物ならワタシが――」
「もういいんだ、会議は終わった。だから、かくれんぼをしよう。そのために帰ってきたんだ。約束だったろう?」
「……今からですか? 子供たちはまだ学校ですよ」
「うん、だから今日は予行練習だ。ふたりでやることにしょう」
青年につれられて郊外へ行く。着いた所は柵でおおわれただけの辺鄙な空き地だった。かくれられそうな場所など、どこにもない。
すると、青年はおもむろに地面の一部を“あけた”。そこには、地下へ続く階段が伸びていた。アンドロイドは、家を出てから一音も発することなく、ひたすら青年のあとを追ってきた。疑問が生じないわけではなかったが、青年へのひたむきな信頼が、はるかに勝っていたのだ。
階段を下りきると狭い廊下があり、その両側にはいくつもの扉があった。
ここなら、かくれる場所がたくさんある――アンドロイドは思考した。
その思考を読んだ青年は、微笑んだ。
「さぁ、始めよう。まずは僕が鬼をやる。いったん上に戻って三分経ったら下りてくるから、その間にかくれてごらん。いいかい? 僕に見つからないように、かくれなくてはいけないんだよ。そういう遊びなんだから」
「ハイ、マスター。頑張ります」
初めての遊びに夢中だったのだ。廊下には小さな誘導灯しかなかったことも災いした。アンドロイドは気づかなかった。否、人間の体温や心拍数、声質の感知機能が付いてない極めて旧型のアンドロイドでは、たとえ陽の下にいても気づけなかっただろう。青年の顔が死人のように蒼ざめていたことには。
アンドロイドは一番奥の部屋を選んだ。室内にあった小さな収納庫には、身を丸めるとぎりぎり入れるだけの空間があった。
その鉄扉を閉めてから三分後、人がなだれ込んでくるのがわかった。子供の声もする。青年は二人だけの予行練習と言っていたが、ちゃんと呼んできてくれたのだ。
青年の誠実さ。触れられてもいないのに今度は胸部に温もり。解析不能な信号。
アンドロイドは思考した――初めてにしては上出来だったと褒めてもらいたい。そのためには、マスター以外の相手に見つからないようにしなくては。
アンドロイドは思考した――ドウカ、見ツカリマセンヨウニ。
それだけを思考した。
――その後、一度だけ大きな振動があった。