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なつきすい
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novelistID. 23066
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108本の花のように

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 そういって、心の底からの笑顔を見せてくれた豊島薄荷の腕には、生まれたばかりの赤ちゃんが抱かれていた。予定よりやや早かったものの、母子共に健康だ。
「ありがとう、木蓮の頼みを聞いてくれて」
 赤ちゃんはどことなく目元が木蓮氏に似ていた。母親の腕に抱かれ、幸せそうに眠っている。
 ひたすらに他の女性たちのため走る木蓮氏をただただ見守り、後押しし、支え続けた彼女に、木蓮氏が最期に残したものはこの子と名前だった。
「私たち、家族が、欲しかったんだ」
 手術の直後、手紙を届けに行ったときに、豊島薄荷は言っていた。
「私と木蓮は同じ施設で育ってね。木蓮は生まれてすぐからずっとそこで、私は、十五年前に家族がみんな事故で死んじゃって、ひとりだけ残ってたひいおばあちゃんが死んだあとにそこに行ったの。木蓮と、木蓮の好きな人みんなで、家族みたいになって笑ってられたらいいねって、いっつも言ってた」
 このふたりは、なにもかもを分かち合っていた。木蓮氏の、複数の養育者が絶えず入れ替わるという独特な環境で形成されたらしい独自の家族観も、なにもかもを。豊島薄荷は五股をかけられている気の毒な女性などではなかった。彼女と木蓮氏の間には、説明の付かない絆のようなものが、あったのだろう。
「幸福の王子って、あるでしょ」
 子を撫でる手と同じように、その声は柔らかだった。
「あれ、いいことをして、最後天国に行ったからハッピーエンドに見えるけど、私たちは違うと思ってたよ」
 豊島薄荷は、笑った。木蓮氏の最期の笑顔と、良く似ていた。
「誰かが自分のしたことで少しでも笑ってくれる。それが、幸せなんだ。多分あなたたちから見たら木蓮はみんなにあげっぱなしの人に見えたと思う。でも、木蓮はみんなから、それ以上のものをもらってた。幸せだったよ、私たち」
 だから、私は笑って見送るんだ。そう言った豊島薄荷の目に、涙はなかった。
 
 
 
「葵ちゃん、わかった?」
 病院からの帰り道、朝子さんは唐突に問うた。
「何がですか」
「糸数木蓮って、なんだったのか」
 それは、僕が最初に持った問いだった。
 一体、なんなんだ、この人は。
 思わず口にしたそれに対する朝子さんの答えは「葵ちゃんにはわからないよ」だったのだけれど。
 何だったのか、本当に、あの人は。
 僕とはあまりにも異質なあの人。その幸福は他人とわかちあうもので、誰かのために全力で生きたいと望んだ人。そして最期は、持っているすべてを与えて、笑って消えた。
 あんな風に笑って終わることが、僕にはできるだろうか。それだけの思いを、僕は持つことが出来るだろうか。これからしばらくは続くだろう、この人生の中で。
「まだ、わかりません」
「だよね」
 木蓮氏の心も、豊島薄荷の思いも、完全に理解することなんか、できない。
「でも」
 朝子さんの声の響きが、いつもと少し違うような、そんな気がして、僕は朝子さんを見上げた。
「葵ちゃんにも、そのうちわかるよ」

作品名:108本の花のように 作家名:なつきすい