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なつきすい
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novelistID. 23066
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108本の花のように

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 特に後半三人に至っては場合によっては警察介入レベルの面子が揃っている。こんなことでもなければ、まず係わり合いになることはなかっただろうし、直接の知り合いの中にそこまでドラマチックな運命を背負った人はひとりもいない。正直糸数木蓮氏にはある種の尊敬の念すら沸いてきそうではあるけれど。
「これも、木蓮が活動しているせいなんですか?」
 一応確認しておくと、朝子さんは首を振った。
「ううん。豊島薄荷の経過があまり良くなくて入院になったことと、事件の後に谷元花月の行方がわからなくなったぐらいで、他のことは全部、木蓮が死ぬ前から変わってないよ。だけど、このままこの状態が続くのは良くないだろうね」
 僕はもう一度バイクにまたがる。やはり所詮店で買ったまま基本的な手入れぐらいしかしていないこれでは到底改造車に追いつくことなどできず、先ほど待ち伏せしていた木蓮氏にはあっさりと逃げられた。
「とりあえず、病院に行きますか。張ってればそのうち現れるでしょうし」
 本人は、どこまで自分の状態を把握しているのだろうか。僕らの目の前を凄い勢いで通過していったのは朝子さんが何者なのかがわかって逃走したのか、それとも、どこかへと急いでいたからなのか。或いは、誰かに追跡されていることに気付いて気味が悪くて逃げただけなのかもしれない。自分が死んだことにすら、気付いていないかもしれない。
 そして、もしわかって逃げたのだとしたら、その理由はなんだろうか。やっぱり、まだ生き続けたいからか。だとしたら、生き続けてこの人は何をしたいんだろう。
 考えても先へ進むわけもなさそうな思考を回しつつ、僕は町にたったひとつしかない総合病院へとバイクを走らせた。六月の空気はやたらと爽やかで涼しくて、梅雨だというのに空まですっきりと晴れ渡って。
 死神と生ける屍にはなんて不似合いな景色だろう。
 
 
 
 僕らが到着したとき、関口茉莉花は面会謝絶状態にあった。朝子さんが見てきたところによると、つい先ほど発作を起こしたらしい。処置の甲斐あり、今すぐにどうとかいうことはないそうだが、それでも相当容体は良くないようだったそうだ。そういう人は朝子さんの姿が見えやすいし、もしも見えたらショックどころじゃ済まない可能性も高い。様子こそ見てこなかったそうだけれど、それでも元々相当弱っているというのは、渡された資料にある写真からも伺えた。
「多分、糸数木蓮は私たちより先にここに来たんだね」
 朝子さんはそう言って、顔をしかめた。
「早くなんとかしないと、元々危なっかしい人ばかりなんだし、大変なことになる。本人が理由に気付いていないとすれば、まだ病院で関口茉莉花の回復を待っている可能性が高いよ。探そう」
 僕は頷いた。僕は受付や売店など、人の出入りの多いところを、朝子さんは駐輪場の見張り、と役割を分担する。勿論その理由は、朝子さんの姿が見えそうな人の多いところを避けてのことだ。本当なら関係者以外立ち入り禁止も施錠された金属扉も関係なくすり抜けられる朝子さんは潜入にはうってつけなのだろうが、いかんせんここは総合病院であって、朝子さんの姿が見えてしまいなお且つ見えてしまうと精神衛生上極めて宜しくない人で溢れ返っているのだ。うっかり見られた場合に備えてできるだけ普通の人間のような顔をしていられ、そういう人の出入りがあまりなさそうな場所であり、更に木蓮氏が確実に出現する場所がバイク置き場だ。物に触れられない朝子さんは携帯を使うことができないので、とりあえず僕が見つけた場合には捕まえてバイク置き場に連行し、朝子さんが見つけた場合は……どうすればいいんだろう。僕を呼びに来ずともその場で朝子さんが木蓮氏を成仏させてしまえば終わりか。しかしあの改造バイクで逃げられたら、朝子さんでは追いつけないし、そこから僕を呼びに来てバイクで追いかけても無駄だ。
 やっぱり携帯って便利なんだなぁと今更実感しつつ、できればそんなような面倒な事態になることなく穏便に事が済みますようにと思いながら、僕は売店へと向かった。



 見舞客と入院患者が行き交う売店には、木蓮氏の姿はなかった。ざっと店内を見渡してみる。今まで身内で入院したのがじいちゃんぐらいで、それも僕が五歳の時に亡くなっている。物心ついてから初めて見る病院の売店の取扱商品は、雑誌類や食べ物、文房具に飲み物とあまり普通のコンビニと変わらなかった。
 違うのはその色。建物自体も、客の多くを占める入院患者の寝巻も、病院スタッフの衣類も、何もかもが白い。棚に並ぶ商品は見慣れているものばかりのはずなのに、それがどこかひんやりとした印象を与えているような気がした。それがなんだかどうにも居心地が悪かった。
 別に見舞客のように元気な人もここを利用しているのだし、この病院のまわりの何もなさを考えれば、おそらく近所の人々がコンビニ代わりに利用してもいるのだろう。それはわかる。
 だけど、別に病気でも怪我でもなければ誰かを見舞いに来ているわけでもない、関係者でもなんでもない自分がここにいるのがどうにも場違いで、何か申し訳ないような気持ちがしたのだ。なんとなく、だけれど。
 そしてその微妙な居心地の悪さの原因のひとつは、多分、今雑誌コーナーで立ち読みをしている人の姿を見てしまったからかもしれない。
 豊島薄荷。写真で見たのより若干やつれて、そして大きくなったお腹を抱えて、彼女は週刊漫画誌を立ち読みしていた。確か二十二歳だったような気がしたが、実年齢よりもどことなく幼い印象があった。妊娠中だからか、写真ではロングヘアだった髪は肩で切り揃えられ、ちらっと見ただけでも傷んでいることがわかる。経過が悪くて早めに入院したと聞いているが、立ち歩いて大丈夫なのだろうか。
 どうみても体調は良さそうには見えないけれど、けどその表情はとてもとても穏やかで。
 何故か彼女を見ていると、自分の場違いさというか、そんなようなものがより強く感じられるような気がした。
 そういえば、木蓮氏は彼女と、おなかの子をどうするつもりだったのだろう。
 ここまで来ていれば、中絶手術はできない。だけれど、籍を入れてもいない。そして、残りの四人のこともある。谷元花月ら、残りの四人は豊島薄荷の妊娠のこと、それ以前に自分以外の四人の存在のことを知っていたんだろうか。
 考えれば考えるほど、僕には不可解に思えた。木蓮氏は、どうするつもりだったんだろう。ひとりが妊娠していることもあるけれど、五人と同時に交際するなんていう状況に未来があるとは到底僕には思えなかった。どの人もこの人もすんなり別れられるとは思えなさそうだし、そして五人の中から一人を選ぶなどというシチュエーションがそもそも想像が付かない。世の中に二股かけている輩は決して少なくないのはわかっているけれど、いずれ来るその面倒な状況を思うと、理解しがたかった。どうしてそんな面倒なことをするのだろう。そこまでする価値のある行為だとは、とても思えないのだけれど。
 今現在ひとつだけわかるのは、少なくとも豊島薄荷を捨てるつもりはなかったのだろうということ。もし捨てるつもりなら、この状況になっても見舞いには来ないだろう。
作品名:108本の花のように 作家名:なつきすい