短い恋
麗奈はどこかに連れ去られたのだろうか。早川は渾身の力で漸く手足を動かし、どうにか地面に密着している状態から脱した。次の瞬間、ゆらめくほのかな紅さと、闇とのせめぎ合いの中で、再び意識が薄れて行った。
気が付いた早川はもう一度懸命に起き上がり、倒れている麗奈に声を掛けようとしたが、声が出ない。
近付いてよく見ると麗奈の身体は半透明になっていた。上体を抱き上げた。しかし、既に息はなかった。早川のまぶたからは堰を切ったように涙が溢れ出た。
佐武は?どこに居る?
「諦めろ。死んだらそれまでだ。自業自得だ。はっはっはっ」
その濁った声は、背後から聞こえた。
早川の虚しく、哀しい気持ちは、際限もなく膨張し続けて行くようだったが、同時に佐武への憎しみも、増大の一途を辿りそうだった。
彼は麗奈の身体を静かにベンチの上に横たえ、身を翻してそこに立っている男に向かって行った。
どす黒く、重い空白。早川は佐武の身体を通り抜けてしまった。