短い恋
引越しは回収業の軽トラックを使わせてもらった。その日、彼はこれまでの自らの不遇を再認識して泣いた。新居の家財道具は、照明器具、パソコン、テレビ、ビデオ、ミニコンポ、冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ、エアコンなど、殆どが新品に近い回収品だった。
隔日勤務のタクシーは、カーナビが装備されていたので、ある程度、施設の名称や道路名などを憶えてしまえば、人並みに近い生活水準を維持できるようになった。
しかし、歩くことが減り、足が弱くなった。早川は身体を動かすべきだと思い、ネットでサークルを探した。その結果、「ストローク」に入会し、麗奈と再会したのだった。
普通科高校を出た麗奈はOLになったものの、その並み外れた美貌ゆえに、上司や同僚たちから異常にちやほやされた挙句、逆に嫌がらせも頻繁になり、そのために勤めを辞めざるを得なかったらしい。最近は、家業の不動産仲介業を手伝い始め、同時に、或る劇団の研究生になったばかりだった。
不意に左後方の窓を、ノックされた。小雨の中で傘も差さずに身をすくめていたのは、恐らく年齢は四十代らしい男だった。早川は慌ててドアを開けた。乗車した黒いスーツの男は、知的風貌の持主である。帽子を被っており、如何にも紳士といった印象だった。ちょうどガードレールの切れ目で良かったと、早川は幸運に感謝した。