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果てなき空

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「……倭、お前も俺の皿にナスを入れるんじゃない」
 これを二次被害と呼ぶかどうかはさておき、これでは自分の皿がナスまみれになりかねない。優しい梨佐が、緋桜のナスの餌食になっているのも助けてやらなければ。
「……あのな、お前ら」
 椿って、本当に苦労性というか、お父さんだよね。少し前、梨佐に言われた言葉が身にしみる気がした。別に、なろうと思ったわけでも、なりたかったわけでもないのに。ならざるを得ない。誰も止めようとしないから―――いや、椿がやるとわかっているのだ。
「何回言ったらわかるんだ……いい加減、学ぶというか、やめようとか思わないのか」
「だって姫さんが」
「だって緋桜くんが」
「――――……」
 同じような表情をして、ぷいと互いに顔をそらすふたりにはいっそ呆れてしまう。もういい年なのだから、好き嫌いはおいておいても、それを認めて避けてあげるくらいしたらどうなのだろう。思えば無理やり食べさせて克服できるような年齢でもない。
「おい、倭もだぞ」
「え」
 突然飛ぶと、驚いた声が聞こえる。今まさに、自分の皿の中にあるナスを椿の皿に入れようとしているところだった。
「勝手に人の皿に、ナスを盛るな」
「ちぇー」
 小さい子が見れば一発で笑い転げそうな表情に顔を崩して、不服なことを前面に出してくる。それを見て梨佐が笑うから倭も調子に乗るのだ。今はそんなことをやっている場合ではないと何故わからないのか。
「梨佐を見習え、梨佐を。嫌いなものなんてないんだぞ」
「それほどでも……」
 梨佐が突然話を振られ、持っていた米の茶碗から顔を上げて苦笑する。口論が始まるとだいたいはそれを黙って見守り、おさまるといつもほっとした笑みを浮かべる彼女は、椿にとってもっとも癒しの存在と言えた。
「りぃの胃はアレやねんて、超人やねん」
「胃じゃなくて舌なんじゃないですかねえ?」
 また姫咲が余計に口を挟む。わざと他人の気に触るような、ゆっくりとした物言いはさすがだ。表面上で彼が見せる性格の悪さは並ではない。
「はぁあ? なにゆうとんねん」
「緋桜」
「だって姫さんが!」
 咎める口調で呼べば、憤懣やるかたないといった風に表情が変わった。普段は十六歳という年齢のわりに落ち着いているが、こういうところは年相応というか、それ以下にも思える。
「だって、じゃない!」
「……ぬう」
 いい加減に懲りたのか、まだその顔と口は未練たらたらに文句をごねていたが、反抗しても勝ち目がないと感じたのだろう。
「さっすがお父さん」
 椿は楽しげに笑う倭の野菜炒めを見やった。完全にナスが無視されて避けられている。
「倭も。もったいないからな! 残して捨てるくらいなら、ちゃんとよけて、こっちに寄越せよ!」
「はぁーいっ」
 ぱあ、と倭と緋桜の顔が輝く。全く、調子のいいことだ。
 緋桜と梨佐の真ん中で、姫咲が小さく舌打ちしたのは、ちょっとした嫌がらせだと思って無視をすることにした。
「食べたら、河だからな」
「あれ、このへんあったの?」
「海沿いらしいからな。地図にもあったし、探しておいた」
 こういう生活をしていれば、飲み水も入浴も洗濯も河に頼ることがほとんどだった。最初、全く文化の違う国からやってきた梨佐はそれを嫌がっていたが、次第に慣れて溶け込んでいった。工業や機械の発達した国にいたらしい。椿は聞かされてもその名を知らなかったが、梨佐の知識や生活態度を見れば、理解できないこともなかった。
「さっすが〜! はい、できた!」
「……なんだこのナスは」
「今日の分は結構控えめですよ?」
 倭はずっと、椿の皿の中にナスを移すことに必死だったらしい。空に近かったはずのそれは、倭と緋桜の分のもので埋め尽くされていた。事の発端である姫咲が言い訳みたいにしらじらとのたまう。
「……椿、あたしも食べようか?」
「…………いや、大丈夫だ」
 姫咲が今度は笑っていた。これも計算済みだったのかもしれない―――いや、そうであろうとなかろうと、結果的にこうなることは計算せずともわかるだろう。
 
 
 
 + + + + +
 
 
 
 日も暮れ、かすかに夜色に混じって空にあったオレンジも消えた頃、そこには煌めく三日月があった。星の瞬きは美しく、姿をなくした太陽が明日も大変なことをしでかしてくれそうな予感が頭をかすめたが、今は気にしないことにしておく。
 五人はテントを設置し終わり、眠るのに必要なものだけ―――と言っても、薄い掛け物以外ほとんどいらないが―――を外に出したあとで各々の時間を過ごしていた。とは言え、テントの周りで寝そべったりするくらいしかやることはない。街はすでに民家の明かりしかなく、そう遅くない時間と言えども暇をつぶせるようなものはないのだ。
 テントを建てるということはすでに手慣れた作業だ。最近は季節のせいもあってその中は熱がこもる。そのせいで男たちは外で眠ることも多かったが、すべての荷物を野ざらしに置いておくわけにもいかない。何より天気の悪い日はこれほど重宝するものはなかった。一番重さもあるが必要不可欠な道具。移動中は男手が協力して、毎日交代で荷を運んでいる。
 各々の時間をと前述したが、結局はランプの明かりを中心に全員がそれを囲んでいた。姫咲は読書を、緋桜は夜空を眺め、倭は梨佐が食器類を片付けるのを手伝っている。椿はそんな全員の様子をぼんやりと眺めながら、ただなにを思うこともなく、片胡坐をかいていた。
「ありがとう、倭」
「うい。いいってことよ」
 リュックの中に仕舞い終え、テントの中に入れておくために移動させる。倭が数メートル離れた場所へ向かって行った。
 彼が戻ってからの少しの間、苦しくない、沈黙が流れる。どこかに浮遊するような、その暖かい雰囲気があるのが好きだった。5人が集まった頃には、全員が探り探りで重苦しさが抜けなかったが、それも今ではずいぶんと変わったものだ。
 ただ星を眺めるだけでも、何も考えずぼんやりしていても、気遣いなくそれができる―――ように、なった。
 梨佐が横座りから膝を抱えて、空気を揺らす。何かを言い出そうとしているのだろうな、となんとなく思って、椿は視線を合わせないようにしながら梨佐のほうを見ていた。
「空ってさ」
「あ?」
 静けさをやんわりと破る声が聞こえる。小さな声を漏らしたのは倭だ。ゆるりとした空間に声が響いて、全員がその続きを待っているのがなんとなく分かった。
「なんで青いのかな」
「―――ええ?」
「いや、別にね、思っただけなんだけど」
 一瞬、また沈黙が流れる。誰が一番に口を開くか窺っている、というよりは絶句に近かった。何を言い出すのだ、この娘はとでも思っているようだ。
「太陽光線ですよ。虹の七色ってあるでしょう? 光は一見して白にも思えますが、あれが太陽光線の色なんです。七色にはそれぞれに長さがあって」
 姫咲が紫外線で痛んだ銀髪を指で梳かしながら、本から顔を上げ、すらすらと声に言葉を乗せる。十八歳という年齢のわりには高めの声が梨佐と倭には呪文に聞こえてきたらしい。表情がバカになっている。
「いやや、そんな話。夢がないやろ!」
「夢を求めてるわけじゃないだろう」
作品名:果てなき空 作家名:かずか