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エリュシオン~紅玉の狂想曲

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「帰ったら、桜さんがお前らはいない、って言うから」
「へえ、倭くんも寂しいときがあるんですね」
「うっせ」
 倭は中々に仲間思いで、なにかと一緒に行動を取りたいと思う方だった。ひとりで出かけたが、あとから誰かを探している、ということがしょっちゅうある。
 仲間思いというか、仲間好きといったところかもしれない。
 姫咲が梨佐の隣に席を取ったため、倭はそのまま突っ立っていた。
「で、お前ら何の話してたんだよ。やけに楽しそうだったけど?」
「アッハハ、開口一番それかいな!!」
 指を差しながら腹を抱えて、爆笑する緋桜に、倭が青筋を立てそうな勢いで拳を握り締めている。
(たぶん照れてるだけだな)
 それでも喧嘩に発展しそうな予感がして緋桜の笑いを止めようした。すると横から姫咲が、
「……秘密ですよ。ねぇ、梨佐さん?」
 と、口元に手をやって意味ありげに微笑んだので、
「そうそう。秘密だよ、倭」
 同じように梨佐も笑ってみることにした。
 倭には悪いが、姫咲の意外な一面を、他に知られるのは勿体無い。そういう所を見られたこと自体が、特別な気がして嬉しかった。それに姫咲が内緒話として処理する様が、何だか可愛らしいと思ったのもある。
「……なんだよお前ら!! 内緒話か!?」
「いやですね。男の嫉妬は格好悪いですよ?」
 わざとらしい姫咲の溜息で、言葉に詰まる倭が可笑しい。倭は姫咲といると、本当に遊ばれている気がする。
「んな……っ……。泣くぞ、椿と泣くぞ!?」
「泣くのなら、泣かせて見せてよ倭くん?」
「え」
「僕、椿くんが泣くの、見たいなぁ」
「……いや、それは例え話で」
「見せられないんですか?」
「……え、あ、それは……その」
 禍は口から。揚げ足を取る。
 椿のあの制止はあまり意味がないと思っていたが、実はそうでもなかったようだ。姫咲は椿という防波堤がない分、思う存分に遊んでいる。
「嘘は盗みの基ですよ?」
「正直は宝ですよぉ?」
「だぁ、もう、知るかよ!! ちくしょー!!」
 倭が声を張り上げたおかげで、公園中から視線を集めてしまい、また緋桜の腹が痛むことになった。






   + + + + +






 空の色は、変化を始めていた。太陽は橙をまとって、鮮やかな黄の輝きを放つ。そこから徐々に色を変えて紫紺に染まっていく様は、美しくも儚かった。漂う深紫の雲が、暮れていく一日を彩る。
 今、柊は椿と一緒にいた。約束どおり、昨晩と今朝から、魔術の練習という物に付き合ってもらっているのだ。コツだとか、ポイントというのだろうか。教えてはくれるものの、どうも抽象的で理解しづらい。
 それでも一生懸命なのは十分に伝わって、そうしてくれることが嬉しかった。頼れる男のひと、というものを今まで感じたことがなかった分、新鮮でもあった。
 柊の魔術はと言うと、使えるのは良くて初級、悪くて不発、大成功で下級、といったところだった。けれど今はもう(ほとんど)不発はない。
 椿のおかげだ。
 とは言え、同じ属性数を持っているのに、こうも違ってしまうとは。柊もやはりソシツというものは大切なんだな、と思わされた。
 魔術というのは、どうしても生まれついての能力が重要となってくる。強い魔術師ともなれば、属性数はもちろん、詠唱呪文の長さや、それに伴う魔力の大きさなど、生来のものが必要だ。
 だから、柊には魔術師は向いていない。誇れるものなど属性数しかないのだ。それをどうにか上手く使う器用さもなく、魔力も少ない。
 それでも練習で、不発は、なくなった。本当だ。
「どうしたんだ、柊。今朝は全然駄目だったのに、やけに調子がいいな」
「ほ、ほんとかっ!?」
「ああ。全く失敗がない」
 椿の笑みで、嘘を言っているわけではないとわかる。なんだか認められたようで嬉しくて、じわじわと感動が押し寄せてきた。無意識に顔がにやける。
 柊は、両手を見つめて、ぎゅっと握り締めた。
「そろそろ帰るぞ。日暮れだ。桜さんも心配する」
「あ」
 本当だ。
 鮮やかに、深い色のグラデーションが空を覆っている。ついつい夢中になってしまっていたようだ。魔術自体は苦手だが、椿と一緒の特訓は、面白い。
「行くぞ」
「おう!!」
 肩越しに一度だけ振り返って、椿が柊を促す。元気良く手を挙げると、こちらを向いている顔が綻んだ。椿の笑顔は、なかなか格好いい。いつもはクールなのに、ぶっているだけかもしれない。
 考えめぐらす頭を一度ゼロにして、柊はハーフパンツのポケットに両手を入れた。
 右手が、コツン、と何かに当たる。柊はそれを取り出した。
 手のひらにある赤い玉。ビー玉のようだけれど、もっと透きとおって、もっときれいで、深い色だ。
「ほんとにコレ、お守りみてーだなっ。オレ、実はすごかったんだ!!」
 嬉しい。これで、守れる。
 力は、守るための力。椿もそう言っていた。傷付けるために使っちゃ駄目だぞ、って。
「……っとと、もう帰らなきゃだった……」
 既に椿は遠くで小さくなっていた。まったく、セッカチなヤツだ。
 でもなんだか、たった1日しか一緒にいないけれど、兄ができたように思えて嬉しかった。無性に楽しいし、誉めてもらえるとやる気が出る。椿のことを、最初は冷たいかと思った。でもそう見えて、実は優しい。面倒見が良いと言うんだろうか。
「姉ちゃんもなぁ、あーゆうひとを兄ちゃんにしてほしいもんだ」
 椿はたぶん、あのひとりだけいた女が好きだったりするんだ。仲間同士で泥沼とかになるんだろうな。そんなに可愛くはなかったけど。もったいない。
(あばたもえくぼって言うしなー)
 赤い玉を投げては取ってで遊びながら、森のそばにある空き地を抜けようとした。

 その刹那。
 街を、白の光が走った。






             4






 柊に付き合った魔術の練習を終え、椿はひとり帰路に立っている。気付いた頃にはすでに、柊は後ろに見えなかった。
(……まただ……)
 歩くスピードが速いのは、癖のようなものだった。隣か前に誰かが居ないと、意識が飛んだようになってしまう。癖、というかはよくわからないが、椿にとって意識しても直し難いことは確かだ。
 柊。魔術の練習を、と頼まれた時には、正直戸惑った。教えたことなどないし、教えられるような能力をもっているわけでもない。けれど、姉を守りたいという願いは、充分に理解できた。
 誰かを守るための力がほしいのは、誰も同じなのだ。そう思うと、なんとなく、嬉しかった。
「おやおやぁ、ばっきん、何してんの?」
「緋桜……と、みんな」
 聞き慣れた声に顔を上げると、目立つ容貌の少年が、数人を引き連れて立ち止まっているところだった。もちろん、姫咲、倭、梨佐である。
 おそらく、椿が先ほどまでいた森とは反対方向の、公園にいたのだろう。柊の家まで帰ろうと思うと、途中で道が合流しているのだ。
「柊は?」
 倭が緋桜と並んで聞いてくる。椿は肩越しに背後を指差した。
「後ろ」
「……ついてきてねーじゃん。お前さ、オレらはいいけど、子どもと歩くときくらい、ゆっくり歩けよな」
 そうだった。
「……悪い」