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エリュシオン~紅玉の狂想曲

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 例えるならば、魚で言うところの「鯛と金魚」だとか、そんなものだそうだ。魚であるけど同じものではない、と言う意味で倭が使っていた。
 種族の名称としてにしても、梨佐にとっては皆人間に変わりなかった。見目が全く変わらないのに、人間でないと言うのもおかしな感覚だ。
「でも、どのくらいの威力が使えるかによって、生まれつき覚えている呪文の長さが違うんだそうです」
「光にも上級とかあるんやなぁ」
「特級はありませんけどね。あれば、上級より広範囲で使えたりして、便利なんでしょうけど」
 この旅に参加する前、姫咲は小さな村で癒士として身を置いていた。治療費代わりに、村で採れた野菜や米などを引き換えにして、妹とのささやかな生活を送っていたのだ。
 癒士というのはそこまで人数が多くないらしい。光の魔術を得意とする者は多いという話だが、癒士という職業を名乗り、そのように勤めるということが少ないようだ。
「はぁ……」
「……どうしたんですか、梨佐さん? 溜息なんてついて。ない幸せがさらに減りますよ」
 余計なお世話である。
「本当、大変だなぁって思って」
「何がぁ?」
 間の抜けたような緋桜の応答が、苦笑を誘った。
「この世界。魔術とか種族とか、わからないことだらけなんだもん。あたしには荷が重いよ」
 以前のように、心の底からという程は、帰りたいとは思わない。最近はそれなりに楽しみも感じているし、厄介な仲間が加わったけれど、慣れればそうでもないと思う。
 これから先なにがあるかなんてわからない。
 あたしには、何をどうする力もないから。
「誰もあなたに荷を負わせようなんて思ってませんよ」
「そやで。りぃは女の子やしな。おれらが守らなあかへんねやで?」
「でもそれが足を引っ張ってるってことでしょ?」
 ふたりの言葉がなくなった。
 合わせた膝の上に乗せた手を見つめる。
 何も掴めない手。
「あーあーあー」
 トーンの違う同じ音が、苦笑交じりに発せられた。緋桜が首を逸らして天を仰ぎ、姫咲と目を合わせる。意地の悪い笑みを浮かべているような声音だ。
「ほら、姫さん。言わんこっちゃないやろ? ほらなぁ」
「………………」
 姫咲のことだ。知らん降りで、返されるのは沈黙。
 だと、思った。
「……気にならせてしまったなら謝ります」
「えっ」
 顔を上げれば、そこにはしゃがみこんだ姫咲がいた。膝を地に付けて、色違いの瞳が、梨佐をまっすぐに見ている。貼り付けられたような、表情はない。
「あなたをそんな風に、責めようと思っていた訳ではなくて」
「なくて?」
 代わって合いの手を入れた緋桜に、冷たい視線が飛んだ。緋桜は明後日の方向を見ながら、下をぺろりと出して黙る。
「……あなたが嫌いだとか、そういう事じゃないんです。ただ」
「ただ!?」
 勢いの良いことだ。懲りていない。
「緋桜くん……ぶちますよ」
「えー」
「警告です。……ただ、何でしょうね。僕にも実はよくわからないんですが」
 掴めないのは姫咲も同じ。あぐねるように苦い笑いを浮かべている。饒舌なはずの彼が、言葉を探しているのが新鮮だった。
「ある意味では、悪気はないんです」
 ……ある意味では?
「えーっと、そうじゃなくて……」
 姫咲が困っている。思いもよらなかった事態だ。眉間に皺を寄せている様なんて、初めて見る。
「なんと言えば良いんでしょう……」
「あ、アレか? 好きな子ぉは、いじめたいタイプ?」
「それは断じて違うと思います。あなたは黙ってください。本気でやりますよ」
 顔の横に右の掌を並べて見せながら緋桜を警告するものの、あまり怖くない。
「……ぷ」
「……ちょっと、梨佐さんまで面白がらないで下さいよ。何のために論議していると思ってるんですか」
 意外な一面を見た気がする。確かに姫咲の言葉には傷ついていた。いつもいつも、嫌われているのだと、邪魔なのだと思って。
 でもそれは、……少し、違うのだろうか。
「要約したら、姫さんは天邪鬼ってこと」
「素直じゃないってこと?」
「………………そぉですか?」
 溜息混じりに、どうでも良さそうな声が返る。はたまた、緋桜が姫咲を見遣り、大げさに瞠目した。
「ええっ、姫さんが照れ気味やねんけどぉ!!」
「照、れ、て、ま、せ、ん!!」
 姫咲がすっくと仁王立ちになる。腰に手を当てて、見た目だけは憤慨中のようだ。緋桜が面白がって、腹を抱えながら地面を蹴り続けている。
 梨佐にも照れているとは思えなかったが、そう言われたことが存外に恥ずかしいようだ。ほんのりと頬が紅潮している。からかわれたか。
「ッハハ、うん、まぁアレやろ? 別におれらが嫌いやからとか、そんなんじゃないんやろ」
「……まぁ…………」
 姫咲の表情が妙に弱気になる。
「ほらー!! 照れとるやんかっ」
「もう、緋桜くん!! いい加減にしてくださいっ」
「アッハッハ、たーのしー!」
「ああもう……」
 額に手を当てて、すごく逃げたそうにしている姫咲が可笑しい。このひとにはこんな面も、あるにはあるんだな。きっと、緋桜くらいしか出せないと思うけれど。
「それに、姫咲さんは、自分の意見をはっきり言う人だし……本当に嫌いだったら、こんなところまで来ませんよね?」
「……あなたのことだって、本当に嫌いだったら、手を踏んづけても治療しませんよ」
 まぁ、もっともだ。
 だが、傷ついて助けを求めている乙女を、放っておくなんて酷すぎる。……と、ここで自分を乙女と言うのも相当おこがましいか。
「姫さんが口悪いんなんて、ただの反抗期みたいなもんやって思うときぃよ。可愛いコミュニケーションやん」
「……緋桜くんって、僕より2歳年下ですよね?」
 緋桜は女性に間違われる他は年相応だ。姫咲は童顔と低身長のせいで、年下に思われやすい。並んでいるのを傍から見れば、未だに梨佐も同年かと思う。
 つまりこの2人の場合は、
「そんなもん大して変わらへんやん」
 ということだ。しかし姫咲は不服そうに腕を組む。
「長寿の功」
「吾(あ)が仏尊しー」
「燕雀(えんじゃく)、安(いずく)くんぞ鴻鵠(こくこく)の志を知らんや」
「汝、自身を知れ?」
「喧嘩は降り物」
「海賊が山賊の罪を……あー、あげる?」
「……そうそう」
 面倒になったのか言葉が尽きたのか――確実に前者だ――姫咲は言葉を切って、長く息を吐いた。もうどうにでもしてくれとでもいった風である。
 勝ったわけでもないのにその気でいる緋桜が、晴れ晴れと朗笑している。
 このふたり、意外と仲がいい。片方が怒るかも知れないので言葉にはしないけれど、梨佐はそれさえも微笑ましく思っていた。
「何だお前ら、こんなこんな所にいたのかよ!!」
「あら、倭くんじゃないですか」
 声のした方と、姫咲の視線を追う。そこには呆然と立つ倭がいた。何故か表情を歪めている。
 探していたのだろうか。
「別々に出たのに」
「先に椿くんと柊くん、次に倭くん、それから僕らが出てきたんですよ」
「じゃあずっと一緒だったのか」
「うん、そう」
「ふーん……」
 倭は少しだけ不機嫌そうに頭を掻きながら、ベンチの傍で立ち止まった。
「倭はどうしてここに来たの?」