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エリュシオン~紅玉の狂想曲

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 これがもしあたしの立場だったら、そうは言っていられまい。4人揃って初めて、少しプラスになるような性格が集まっているのだ。
「では桜さん、今晩は泊めていただくお礼に、キッチンを貸していただけますか?」
「ええ、いいけれど……どうして?」
 姫咲がにこりとする。これは企みのない笑顔だ。日に日に、なんとなくだが違いがわかるようになっている自分が可笑しかった。
「人の家のものを借りて、というのが難ですが、夕飯をご馳走できればと思いまして。傷を癒すことはできませんが、せめてものお礼に」
「まぁ、喜んで。きっと柊も喜ぶわ。お腹をすかせたら、きっと戻ってくるでしょう」
 桜が嬉しそうに両手を合わせる。客人がくることなどほとんどないのかもしれない。優しい笑みは、見ているほうの心を安らがせる。
 うらやましいな、と思った。





   + + + + +





 柊は、家からさほど遠くない、街外れの森にいた。梢の鳴る音は心地いい。あまり近づく人もない、気に入りの場所だ。なにかあったときはここに来る。
 今もそうだ。信じたくなかった。
「強い癒士じゃなかったのかよ……!! くっそぉ」
 桜に、成長した自分の姿を見てほしかった。一緒にどこかへ行ったり、きれいなものを見て、一緒に何かをしたり。
 桜は優しくて料理だって上手くて、自慢の姉だ。それでもできなかったこともある。
 ならせめて、せめて、なにかあったときに、大切なひとを守れるような力がほしかった。柊に能力がないわけではない。天性の属性数は6で、周囲の人間に比べれば十分に多いほうだ。けれど、それを操る魔力や技術が、極端に足りない。
 勘が悪い、不器用で。使いこなすことができなければ、ないも同じだ。
「……どうやったら強くなれんのかな?」
 できることなら、強くなって、強くなって。
 ここじゃない場所に、魔術師を雇ってくれる国があると聞いた。そうすれば、お金がたくさんもらえて、良い所に住める。そうして、ずっと一緒に暮らして、桜を喜ばせたい。できることなら。
「でも、オレには無理かな……」

 ふと。

「…………?」
 何かが落ちる音がした。足元を見遣る。
 そこにあるのは、赤い玉。
 月のない夜、この森で拾った物だ。確か、自室に置いておいたはずである。いつのまに、ポケットに入れていたのだろう。
「…………」
 そのまま膝を折って、玉を手に取る。覗き込むと、紅の中に、自分以外も何かが映っている気がして、不思議だった。
「なぁ」
 自然と、言葉がでてきた。ただのひとりごと。
「オレ、どうやったら強くなれんだろ?」
 返事は返らない。当然だ。それを期待していたわけじゃあない。玉は、初めて見たときと同じようにきれいだった。どことなく、なにが、とは言えないけれど。
 しゃがみこんだまま、紅の玉をぎゅうっと、両の手で握り締める。

 まだだれもしらない、狂気のかけら。






             3





 時は12時を回った頃。
 昨日、街に入ってすぐに立ち寄った公園に梨佐はいた。なんだかんだとここに長居をしている。
 結局、桜には昼食までご馳走になってしまった。
 柊が椿に、魔術の使い方を習いたいと言って聞かなかったからである。柊は意外にも椿と同じ6属性の魔術を使えるらしい。が、初級、中級、上級、特級とある属性ごとの魔術を、初級ですらろくに使いこなせないのだ。
 気分にムラがあるように、魔術にもそのようなものがあると椿は言っていたが、柊の場合それも激しい。
 成功率は低く、失敗率が高い。発動すらしないことも、極稀にあるらしかった。
「椿は6属性で、中級までは全部でしょ。そのうち風、雷、水、土は上級特級まで使えるんだよね?」
「せやな。プラス、ばっきんは召喚術もできよるし、符も描けんねんで。すごいやろぉ?」
「緋桜くんが威張ってどうするんですか」
 ベンチの背に後ろからもたれかかる姫咲が、くだらない、とでも言うような声音で和を乱す。梨佐は体操中の緋桜に、続けて疑問を投げた。
「その魔術の階級みたいなのって、何が違うの?」
「簡単に言うたら、威力が強なってく、っていうだけやねんけどな。初級はホンマに、身にまとってちょっと相手にぶつけるだけとか、そんなんやねん。中級は、ちょっとくらい距離があっても届くんちゃうかな。上級以上が使えるっちゅうんは、魔術師の中でもそんなにおれへんねんで」
 心なしか嬉しそうなのは、やはり椿のことを好いているからなのだろう。ふたりがどんな関係だったのか、誰も問おうとはしなかったが、仲の良い友人であることは明確だった。椿と倭とはまた、別の信頼関係だと思う。あのふたりは外見上、あまり仲良くは見えない。緋桜とは、慣れ親しんだ、という感じだろうか。
「上級までは単体で、特級は2つの属性が混ざってるんだよね」
「梨佐さんにしては珍しい位、記憶力が良いですね」
 あたしだって多少は勉強する気があるんですよ。言い返そうと思ったけれど、きっと仕返しが待っているのでやめておいた。
「りぃもよう勉強してんねやなぁ」
「……少しだけね」
「あら、謙虚じゃないですか」
 威張れるほどの成果を残していないから、仕方がない。背後からクスクスと声が聞こえる。
 体操――ストレッチとも言う――を終えたらしい緋桜は、梨佐の隣に腰掛けた。
「一応、上級と特級は発動するとき、詠唱呪文があんねん」
「一応?」
「しやんくても発動するんやけど、威力が小さぁなんねんて」
 聞いた話やけど、と話す緋桜自身は、魔術は不得意らしい。風使いの種族ではあるが、魔力が少なく、下級程度までしか使えないのだ。
「やっぱり、詠唱付きの攻撃には詠唱付きの防御じゃないと防ぎきれないんですか?」
 姫咲が顔だけでこちらを向いて、緋桜に問い掛ける。口達者で何でも知っていそうな姫咲でも、知らないことなんてあるのか、と少し驚いた。
「えぇ、そんなん聞かれても、おれ知らんで。……どやろ、詠唱した攻撃としてない防御やったら、やっぱしてるほうが勝つんとちゃう? ……そういうことはばっきんに聞きぃよ」
 最後の方は首をかしげて、苦笑交じりだった。そうは言っても、椿より緋桜のほうが、なにを尋ねるにも聞きやすいことは確かである。聞けば答えてくれるのだろうが、返ってくる言葉が難しそうなイメージがあったりするのだ。理論的であるか感覚的であるか。あまり表現の仕方が豊かなひとではないらしい。
「でもさぁ、どこで詠唱呪文なんて習うの?」
 エリシュの民は学校に行かないと、倭と椿が言っていた。学校で教わるのでないなら、口頭で引き継がれるものなのだろうか。
「生まれつき覚えてるんですよ」
「え」
 梨佐の頭を、奇妙な文章を唱えている赤ん坊が過ぎる。違う違う。
「ふふ、本当ですよ? 僕だって光の上級魔術は使えるんですから、そのくらい知ってます」
 そういえばそうだ。人間でそれほどのレベルまで使える者は滅多にいないと、椿がうれしそうに話していたのを覚えている。
 人間、と言えばなんだか違和感があるけれど、それは種族の名だ。倭と椿はエリシュの民で、人というものに入るけれど、人間ではない。