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エリュシオン~紅玉の狂想曲

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 いかにも小学生らしい、まっすぐな性格をした少年だ。すぐに咬みつくし、吼える。梨佐は子どもが嫌いではないが、好かない人ならば一発殴ってしまいそうな少年だった。
「あなたがたも会っていたんですか?」
「緋桜がコケたんだ」
「言わんでええがな。コイツが当たってきよっただけや」
 どんな転び方をしたのかはわからないが、相当派手にやってしまったのだろうか。また余所見をしていただとかのせいに違いない。
「それで、この少年は何て言ってきてるんだ?」
「お、オレの姉ちゃん、が、さ、……診てほしくて」
「よっし助けよう!」
「……おい倭」
 一瞬の沈黙の後、椿が不服そうに呟いた。
 倭にも故郷に姉がいる。彼女も病気で喉を悪くしており、姫咲に姉の治療をしてもらえれば、と倭はひそかに願っていた。他人事だと思えないのだろう。
「だって、姉ちゃん助けたいジャン……」
 急に大人しくなった(拗ねているとも言う)倭に、椿が小さく嘆息する。
「助けるのは僕ですよ。いくら僕の腕が良いとはいえ、必ずしも治るわけではありません」
「診るだけ、やったらえーやん?」
「そ、それからでもいいんじゃない……?」
「………はあ」
 返事は盛大な溜息に代えられた。姫咲は腰に手を当てて、めんどうくさそうに目をそらしている。
 ひとまずは納得と取っても良さそうだ。
「今回は拾うほうだったな」
 椿が、反対をしていたのに心なしか楽しそうな声音で言う。彼も本当は助けたかったのかもしれない。するとまたもや姫咲の溜息が聴こえた。
「ま、いーですけど。……それできみ、名前は」
「シュウ!! 羽納(はのう)柊!」
 一変して元気よく答える柊を見つめる姫咲の視線は、どんなに贔屓目に見ても、悪いとしか言い様がなかった。
 向けられた本人は気付いていなかったが。




   + + + + +




 柊、椿、倭、梨佐の4人は、数メートル先を歩いている。緋桜はいつものようにゆるりと後列を歩いていた。すぐ隣には姫咲も一緒である。彼は元々の性格上、急いて歩くことは嫌いだそうだ。そのところでは、緋桜も同感である。
「姫さんなぁ」
「何です」
 呼びかければ、心ない風な声が返ってくる。
「ホンマは助けたかったんとちゃうの? あの少年」
「僕が?」
 歩を進めながら、緋桜は身を翻す。後ろ歩きのまま、姫咲に問い掛けた。
 視線だけ俯いていた姫咲が顔ごと正面を向く。緋桜も背が高いとは言いがたいが、姫咲は小さい。話し言葉は年齢以上のものがあるのだけれど、その身長の低さといえば、女性でもざらにいるようなものだ。
「アッハ、鮮(すくな)し仁には見えへんねってコト」
「別に気に入られようとなんてしてないでしょ」
 間髪入れずに返答が返ってくる。姫咲とのやりとりは、コレが楽しいのだ。
「見えへんって言うてるやんか。ま、でもある意味当たてるよな?」
 にやりと返すと、姫咲が穏やかな笑顔を見せる。
「宋襄(そうじょう)の仁って、知ってますよね? 不必要な思いやり」
「不必要やて思てへんもん。おれのためにはならんかもわからんけど」
「じゃあどうして?」
 姫咲は人を遠ざけるきらいがあるが、思いやりがないのだとは思えない。そういう所は椿に似ている。
「んー、皆まっすぐで良いと思うねんな。まぁなー、遠ざけたがんのもわかるけど、寂しいやろ?」
「へぇ」
「思わへん?」
「豈図(あにはか)らんや。仕方ないものですよ、……椿くんもね」
 姫咲の表情がなくなる。さすがに、目の付け所が鋭い。緋桜は楽しくなって、笑みを零した。
「かなぁ。嫌やなぁ。せっかく仲間になってんのになぁ」
「今は同じ船で行く。そういうことでしょう?」
 次はにこりと。喰えない相手だ。
「緋桜、姫咲さん!! ここだそうです!」
 梨佐がこちらを向いて、大きく手を振っている。小さな家の前だ。柊は姉と二人で暮していると話していた。数年前まで続いていた戦争に巻き込まれたために、両親を亡くしているのかもしれない。5人の中にも半分は、それを理由に、どちらかがいなかったりする。
「あーい、先入ってってー!!」
「そういう緋桜くんこそ、ですよ」
 声に振り返ると、空笑いが待っていた。緋桜が自ら腹を見せずにいることが問題なのだと姫咲は言いたいのだろう。相手の中身を曝してから自分を、などと、確かに虫のいい話だ。
「そないに言うたかて、性格やもん、しゃあらへんやろ?」
 それはいちばんの、逃げの科白(せりふ)。それでも事実だ。今が好きなことだって、変わりはしない。





             2





 建てられてそう年月の経っていないような、平屋建ての一軒家。それが柊の家だった。造りは洋風で、アイスブルーの外壁、屋根はスレート・バイオレット。青系統の色が爽やかで、清潔感を醸し出している。
 純和風の住宅に住む梨佐にとっては、憧れのような住まいだった。
 それ自体の大きさは小さいものだったけれどここで二人暮しということなら、充分な広さはあるだろう。
「おじゃましまーす……」
 磨り硝子のはめ込まれた黒のドアを、音を立てて開ける。けれど、出迎える人影はなかった。倭と椿が少し奥のリビングに入るのが見え、梨佐もそちらに進む。柊はいない。おそらく、姉を呼びに行ったのだろう。
 物がない家だ。フローリングの上には肌触りの良さそうなカーペットが敷かれ、リビングには小さめのダイニングテーブルと、揃いの椅子が四脚。境のない隣の部屋にはベッドがある。それにしても、床の空いているスペースが多い。
「なんか、殺伐! って感じじゃね?」
「他人の家にとやかく言うな」
「ッ、た!!」
 きょろきょろと辺りを見回す倭の頭に、椿が軽い平手をくらわせた。睨まれても完全に無視しながら、玄関を振り返る。緋桜と姫咲の到着を待っているのだろうか。何なら、ゆっくり歩いてやればいいのに。
「相変わらず遅いな、あいつら」
「仕方ねーんじゃね? オレは気にならねーけどな」
「椿って、放って行くのに心配してるよね」
 なんだか可笑しくて吹き出すと、椿が目を逸らした。照れているのだろうか?目を瞬かせていると倭と目が合って、声を出さずにふたりで笑った。
 そうして特に何もしないまま3人で立ち尽くしていると、緋桜と姫咲が玄関をくぐって来た。けれどまだ、柊は現われない。
「柊は? どないしたん」
「呼びに行ってんだよ。もうすぐ来るんじゃねーかな」
「あっ」
 奥で人影が見えた。柊と、彼に手を引かれているもうひとり。おそらく彼女が姉なのだろう。肩に届く、まっすぐな髪と、どこかを見つめる瞳は柊と同じ色だ。まだ若い。20歳前半、といったところだろうか。整った顔立ちというわけではないが、優しそうで感じがいい。頭と目の色以外、いかにも勝気そうな柊とは、あまり似ていないように見える。
「初めまして。羽納桜(はのう さくら)といいます。ごめんなさい、弟の我儘に付き合わせてしまって」
「いえいえ!! 全然良いんです」
 にこりと微笑む桜に、倭が上機嫌に応じた。姫咲が小さく鼻で笑ったような気がしたが、比較的よくある事なので流すことにする。
「ほら姉ちゃん、座って座って」