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エリュシオン~紅玉の狂想曲

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 広場から離れた姫咲は、ひとりきりで農道を歩いていた。自分には、集団での行動は合わない。ふぅ、と息を漏らしながら、透きとおった空を仰ぐ。
 ひとりから一気に5人ともなると、すさまじい変化が起こりつつあった。意識をしていなくとも、すぐに感じてしまう。だからこうして、自分の意識を取り戻す時間が必要なのだ。
(僕の目的はひとつだけ)
 あんな人たちと馴れ合うのは御免だ。ただ、賢者の石を手に入れられればいい。
 姫咲がこの旅路に同行した理由は、故あって身体能力を失った妹を治療するためだった。姫咲は人間ながらも、強力な治癒能力――光属性魔術の使い手である。だが、自らに宿した力だけでは、妹を救うことが叶わなかった。だから、賢者の石を求めている。
 過去に決めていた。関係のない事には関わらないと。心を移し過ぎることは、自分のためにならない。
 けれど、それは突然に起こる。
 『仲間』と言われても、正直不安だった。

 ふと。

 前方に、小さな人影。子どもが遊んでいる様子が目に入った。
 が、……遊んでいる、というよりは。
(ちょっとしたいじめ、ってやつですかね……?)
 年の頃は10〜13歳といったところか。体格に差があって、年齢は絞れないが、1対3の人数比。完全に多勢の形勢が有利だった。
「……んだよっ!!」
 ひとりで戦う少年は、肩を突き飛ばされてよろけながらも、ひるまず視線を返していた。それどころか一層眼光を強め、3人勢を余計に煽っている。
 不器用な少年らしい。反発することしか知らないというのは、時折こういうことを起こすのだ。かわいそうに。
「落ちこぼれの癖に!!」
(うわー……)
 そういえば、ここはエリシュの民が住む街だと、椿が話していた。魔術が上手く使えないということなのだろう。能力がない上で、他人に反抗するなどどうにかしている。
 何のために『媚びる』という言葉が辞書にあると思っているのだ。
(まぁ、同年に媚びてもね……)
 自らの発想に呆れながらも、関せず焉として歩を進めていく。彼らは姫咲の進行方向の先にいるせいで、意識せずとも距離が縮まっていった。
(あ)
 リーダーらしい真ん中の少年が、一瞬の制止も聞かず、足元の石ころを投げつける。
 いじめられっ子は硬く目を閉じたが、すぐにそれをやめた。構えていた衝撃はなく、変わって素っ頓狂な声がしたのだ。
「う、わ、やべ!」
 姫咲のほうを向いたいじめっ子たちが、驚いたのとある種の恐怖感だろうか。顔を引きつらせて、そのまま向こうへ走り去ってしまった。
 投げられた石は、何かに弾かれたように、本来行くべき方向へは向かわなかったのだ。
 力を失った石は姫咲の頬を掠り、一本線の傷を頬に作った。伝う雫は血色、鮮やかな赤だ。
(特には痛くないけれど。……なんて失礼な子ども)
 ひとに石を当てておいて、普通逃げるか?
「だ、っだいじょうぶか……!?当たったのか!?」
「……きみ、風の魔術を使ったんですか」
 へたくそだ。自分の体の周りに風を起こすなど、初級魔術の基本的な技である。易いとまでは言わずとも、その属性を持つ者ならば、初級はある程度使いこなせる物、なのだが。
(通りで落ちこぼれね。納得)
「う、うん、まぁ、そうだけど……。わ、血が出て……」
「……もう治ってますよ。血なんて付いているだけです」
 些細な傷などすぐに治る。姫咲が腕利きの癒士(ゆし)である証拠だ。光魔術は能力が強いほど、自己治癒力が高くなる。
 姫咲は、親指で頬の血を拭った。
「あんたっ、癒士なのか!?」
「はぁ……、そうですけど……何か?」
 心なしか少年の瞳が輝いている。さっきまではあんなに睨んでいたのに、なんと調子のいい。
 そして嫌な予感がする。癒士という職業そのものが、姫咲にとってはトラブルの元だった。傷を負えばすぐに治るなど、あからさまに人間でないと言われているようで、最初からいい気はしていない。
 あぁ、ほら、口を開く。
「姉ちゃんを、治してほしーんだ!!」
「……へぇ」
 さぁ、どうやって断ったものでしょうね。










「で、治してやんねーの?」
「そのつもりなんですが、ずっと断っても聞かないので。付いてきちゃいましたね」
 散歩から戻ってきた姫咲が、言った倭の瞳を呆れたように見上げる。
 梨佐はなんとなく、ふたりの身長差のことを考えていた。
 10センチちょうど。
 梨佐を除いた男性陣の中では、姫咲がダントツに身長が低い。次点の緋桜とですら8センチ離れていて、むしろ梨佐とのほうが近いくらいだった。
 視線を姫咲から、少年に移す。スモークブルーの短髪。小学生なら5、6年生といったところだろう。オリーブ色の瞳が警戒心と、強い思いのようなもので満ちていた。
「診てあげたら済むのでは……」
 おずおずと意見をすれば、姫咲が一瞬だけきょとん、とした表情になる。
 まさか、その選択肢は最初からなかったということだろうか。――彼ならあり得るけれども。
「……もちろん、嫌ですね」
「だから何でだよ!! 良い癒士なんだろっ? 自己治癒力が高いのは、すっげー力持ってるって証拠じゃんかっ」
 ギャンギャンと吼える少年に、姫咲は余裕の笑みを浮かべていた。何が何でも聞かない気なのだろう。人数がこれだけなら望みは薄そうだ。
 形勢的に不利になった場合だけは、姫咲は折れやすくなる。何だかんだで、嫌われ役に徹しきれない――かどうかはわからないが――のだろう。
 理由を問えば、理想と離れていそうなので、そうする気はない。聞かなくともよいことはそれでいいと思うようにしていた。ある種の自己防衛策である。
「よく知ってますね。さすがエリシュの民。でも嫌です」
「……何やってるんだ、お前ら」
「!! 椿!」
 まだ少し離れた場所。声を辿れば、両手で胸の前に紙袋を抱えた椿がいた。口元が引きつっている。困っているか呆れている顔だ。今はおそらく後者だろう。
「……厄介ごとに巻き込まれるなっつったろ……」
「椿くん。お帰りなさい。今断ってるので平気ですよ」
 溜息の椿に応じる姫咲の声は、全く普段どおりの声だった。ボランティア精神という単語は、辞書にないに違いない。
「ちょお!! ばっきん歩くの速いてゆうてるやん!!」
「緋桜、遅い」
 後ろからひょっこりと現われた緋桜に、全員が振り返る。
 緋桜はどこを歩いていても余所見をするので、歩く速度が遅い。いつでも気が急いているような椿と歩いていると、見る見るうちに差が開いていくのだった。
「……っとぉ、さっきのいじめられっ子やんけ」
「あれ、知ってるの?」
 まぁ、ねぇ、と苦笑する緋桜の視線を、椿が素通りする。よくよく緋桜の顔をみた少年が、ハッと気付いて叫んだ。
「あっ、さっきのオトコオンナ!!」
「失敬な!! そんな言い方はしたあかんやろ!!」
「……気にしてたの?」
 隣に入ってきた椿に聞く。
「オカマみたいに呼ばれるのが嫌なんだよ。女って言われるのはいいらしいけどな」
 違いはわからなくないが、そこに男としてのプライドとか、そういうものはないのだろうか。
「で、このガキは何なん?このいじめられっ子」
「いじめられっ子って言うな!!」