小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

エリュシオン~紅玉の狂想曲

INDEX|2ページ/15ページ|

次のページ前のページ
 

 ふと、隣でこちらを見ていた姫咲と視線がぶつかった。ぱちぱちと瞬きを返していたら、勝手に逸らされてしまう。
「それで僕、ずっと気になっていたんですよ。この足手まといの事」
「あ、あたし!?」
「そうあなた」
 まるで、そんなくだらないこと、とでも言うような口ぶりで。
「明らかに昼間の提灯じゃありません?」
「ぶ、昼間て!!」
「姫咲、緋桜も」
 流してくれればいいものを、正面の緋桜もその言葉で噴き出した。椿が制止の意を持って名を呼んだが、姫咲は知らん顔だ。失礼な。
「足手まといって……あたしだっていたくているんじゃないのに」
 正直、わかってはいても、足手まといだとか、言われるとへこむ。確かに足をひっぱってばかりで、あたしの存在が報われているとは思わないけれど。
「そーだぞお前ら!!悪いのは椿が作った符であって、梨佐は被害者なんだぞ!?」
「俺じゃない」
 椿の視線が正面から隣の倭に移って、紫の入った紺碧の長髪が揺れる。深紫の瞳は、片方しか見えない。右眼は、眼帯で隠れているのだ。
「俺の符はいつも完璧なんだよ。失敗しておいて人になすりつけるな」
「ちっげーよ!!」
 結局、梨佐を召喚してしまった件の原因はわかっていない。その話になると、ふたりが責任の擦り付け合いをするので、あまり好きではなかった。失敗作みたいでいやなのだ。
「捨てる人もいれば、拾う人もいるというやつですね。僕なら絶対捨てますが」
「……椿と倭でよかったです……」
 黒と蒼のオッドアイが微笑みに変わる。姫咲が言うと洒落にならない。実際、彼には一度捨てられそうになっている梨佐である。
「で、どないすんの? こんなんばっかやっとるから、話が進まへんねやんか」
 まっすぐ伸ばした足のつま先に触れながら、緋桜がケラケラと声をたてる。肩まで届くピンク色の髪が、瞳と同じ橙色に染まって綺麗だった。
「なら、話を戻すぞ」
「ええ。どうぞ」
 何事もなかったかのように、姫咲がにこり。これが彼のいつもの調子だ。こっちの気持ちはどうあれ、本人はいつも楽しそうでは、ある。
 地図を取り出して経路の説明を始めた椿の声が、どことなく眠気を誘っていた。









             1




 子どものはしゃぐ声。小鳥の唄。水の鳴る音。目を閉じれば、聴こえてくる。足元は学校のグラウンドを思い出させるような感覚。まるで故郷に帰ったような気分になる。
 梨佐(りさ)はそれが気分だけということを、外からの会話で実感していた。人知れず心の中でため息をつく。
(帰りたいなぁ……)
 梨佐にとってはひどく退屈な世界だったけれど、ひどく平和な世界だった。ややこしい能力なんて魔法なんてない、戦争だってない平和な場所だったのだから。
 梨佐にとって故郷など、未練はないと思っていた世界だった。心から打ち解けられる友達だって、彼氏だっていなかった。けれど、この世界は違いすぎる。
「……梨佐!!」
「わっ」
 目を伏してふけっていた梨佐に、椿の声が飛んだ。慌てて顔を上げると、無表情の瞳に見下ろされている。椿の場合、それがいちばん怖い。
「…………」
「う」
「うっわー、めっちゃ怒ってるし」
 緋桜(ひおう)が腹を抱えて笑い出したせいで気が抜けたのか、椿の表情が溜息と共に呆れへと変わった。
「ご、ごめん椿……。聞いてたよ?」
 一応は。
 
 ここは山間の街にある公園だ。とはいえ、街と言うよりは村で、綺麗な遊具があるような場所ではない。年季の入った滑り台、砂場、ブランコに、古ぼけた噴水。そして変色した木製のベンチが、辺りにちらほらと見える。
 天に太陽が昇りきり、少々時間がたった昼下がり。正面で仁王立ちをしている椿は、4人に次の大きな街までの諸注意、計画を話している最中だった。
 ベンチに腰を下ろす梨佐の隣には姫咲(きさき)、その後ろに緋桜と倭が立っている。
「ほーら、また足引っ張ってる」
「姫咲。そういうことは言わない」
 組んだ足に頬杖を付きながら毒づく姫咲に、椿が名を呼ぶ。後ろで「そーだそーだ」と合いの手を入れるのは倭だ。それに対して、姫咲が煩わしそうに顔を背けた。
「えーっとなぁ」
 そして、間の抜けた声が間に入る。
「おれとばっきんが買出しに行ってくるから、姫さん、りぃ、やまさんはこのへんで待っててや、っていう話やってん。おっけ?」
「うん、ありがと。ごめんね」
 梨佐と姫咲の間から身を乗り出して、緋桜が笑う。彼は本当に何をしていても可愛いけれど、梨佐はその笑顔に一番弱かった。本当に、初めて会った時は女の子だと思ったものだ。
「いーえ。ばっきんってな、怒ったらおれに当たんねんもん。ちゃんと話聞きぃよ」
 人差し指で、つん、と額を弾かれる。なんだか女子高生のようなノリが楽しい――相手は男でも。
 椿の眉がぴくりと動いて、視線が右に逸れた。
「……当たってないだろ」
「うせやん。自覚ないだけやったん? えーコワイわぁ」
 そう言ってすぐ、どこかのおばさんさながらのリアクションになる。何故か変に訛っている口調が、よほどそれらしく映っておもしろい。
「ねえ」
 姫咲が足を組替えながら、完全に呆れている様子で開口する。
「早く行動したいなら、もう解散しましょうよ。いつまでこんな子どもみたいな配置で話してるんですか。ここに、長居はしないんでしょう?」
「せやな。ばっきん、はや行こ。あんま長いこと待たせたら、何起こすかわからんで。みんな、トラブル吸引すんの大得意やもんな?」
 ひとりひとりの顔を見渡しながら、意地の悪そうな笑みを緋桜が浮かべる。にひひ、なんて言うのは、顔に合わないからやめたほうがいい。
「あたしは好きでやってるんじゃ……」
「誰のせいで僕がここにいると思ってるんですか、梨佐さん?」
「……そうでした」
 約一週間前。
 姫咲と出会ったのは、梨佐が崖から転げ落ちたときだった。打撲と擦過傷だらけになり、動く気力を失っていた梨佐の前に姫咲が現われたのだ。
「でも姫咲さん、最初無視しましたよね」
 事もあろうに、怪我をした女の子を見捨てていこうとするとは、梨佐も思いもしなかった。ばっちりと目が合ったのに、目を逸らして颯爽と素通りしようとしたのである。彼の性格を知った今となっては、いかにも彼らしい反応だと思うが。
「さぁ? どうだったでしょうね。必死の形相で足を掴まれた事しか覚えていませんが?」
「……ですよ、ね」
 あれはかなりの醜態だった。痴態だった。思い出したくもない。掘り返さないでほしい。
「梨佐、そんなことをしたのか」
「え、いや、し、してな……!」
「じゃあ僕、少しだけ街を歩いてきますよ。では」
 語尾にハートマークでも付きそうな満面の笑みと微妙な雰囲気を残して、姫咲はベンチを立った。
 颯爽と、軽やかに。
「姫さんって、ホンマにおっかないわなぁ」
「し、してないよ! 足なんて掴んでないって!」
 必死に否定しようとする様すら、椿に笑われてしまった。倭は苦笑だ。散々である。
(もう、ばか!)
 口には出せないので、せめて心の中だけで。