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エリュシオン~紅玉の狂想曲

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「だって、倭と緋桜だし、違って当たり前だよ。同じひとじゃないんだもん。どっちも友達。どっちが欠けても、椿は哀しいでしょ」
「そーか?」
「そうだよ。椿だって、倭がいないと困るよ?」
「……困るかぁ?」
 だって、あいつ、なんでもひとりでできるじゃん。
 倭が、哀しみのまじったような溜息を漏らす。
(た、たとえば)
「……剣、使えないじゃない?」
 見る限り、椿はいつも丸腰だ。
「残念、ばっきんは剣術も相当デキる」
「……え、そうなの?」
「俺も知ってる。……かなりすげーぜ」
「符術は使えないんだよね」
 符を描くことができても、椿は使えない。
「オレがいなかったら描くこともしね―よ」
「……だよね」
「……おわり?」
「んーと……」
 倭は椿がいないと困る。けれど椿にメリットがあるかと言うと『ひとりではなくなる』くらいしか浮かばなかった。チンケな頭だ。

 パチン!

「あ」
「あ?」
 ひとりでぐるぐる考えていると、緋桜が手を叩いて、小さく声を発した。
「おれ、わかったかも」
 橙色の目をキラキラと輝かせて。
「なにが」
「おれとばっきん、会うのは3年ぶりやってん。前より、よう笑うようになってんで?」
「……そんなの確証がねーよ」
「は」
 あっさりと却下されて緋桜が無表情になる。楽しいことを取り上げられて、ふて腐れた子どもみたいだった。機嫌が悪い顔なのは倭も同じだけれど。
「ほんなら自分で聞いたええやろ。おれらに言うたかてしゃあらへん。なぁ、りぃ?」
「うんまぁ、そうだよね。でも、聞きたくないんでしょ?恥ずかしいから?」
「別に恥ずかしいわけじゃねーよ」
「照れくさい?」
「……怖い、かな」

 ぶっは

「うわー!! 気持ち悪、なんやこいつ!」
 緋桜が地をばしばしと叩きながら、仕返しといわんばかりに笑い転げる。
「ちょ、緋桜、ひどいよそれは!!倭は真剣なんだよっ」
「や、わかってんねんけど! 女々し……!!」
「てめえに言われたくねー!! この女顔が……!!」
「いやー、可愛くってごめんなさいねぇ! あっは、はは」
「うざ……!!」
「り、梨佐」
 倭の声にはっとする。
 明らかに聴こえてしまっていたが、それも緋桜にとってはおもしろかったらしい。まだ声が止まない。
「……そこに男としてのプライドって、ないの?」
「――ハッ」
 急に表情をなくして、何を今更とでも言うように、緋桜が鼻で笑う。
「悪いけどな、そんなん生まれた時から持ってないわ!おれなんてな、昔っからめっちゃめちゃ可愛かってんぞ!!ばっきんかておれに一目惚れや!!」
「嘘!?」
「嘘や!!」
(……なにそれ)
 緋桜に反して、今度は倭が腹を抱えた。
「ばかじゃねー?」
「あんなぁ、やまさんは」
 緋桜が立ち上がって、腰に手を当てる。大きな円の吊るされたピアスが、首輪に当たって音を立てた。
「そうしてたほうが、元気でええで。こんな風に、おれらが喋ってんの、見るだけで元気になれんねん、ばっきんは。自分がそこにはおれへんくても」
「そういうのって、寂しくねーのか?」
 梨佐も思う。
 確かに椿は、周りが楽しければいいという考え方、感じ方をする。自分が渦中にいなくとも離れていても、――むしろ、そのほうが自然、とでもいうように、振舞うことがよくあった。
「どやろ。気付いてないかもわからんな」
「何に?」
「いろいろ」
 首を傾げれば、緋桜が返答をごまかすような笑みに代えた。それを見て、倭が小さく息をつく。
「こんなの思ってもしょーがねーよな。悪い」
「なーんかやまさんの事聞けておもろかったから、おれは気にしぃへんよ」
「……やっぱり忘れてくれ」
 急に照れくさそうになって、倭は頭を腕で覆ってしまう。緋桜と顔を見合わせて、くすりと笑った。









 椿は一旦符を描き終えて、深く呼吸をした。向こうで、倭たちの声がする。
 実を言うと、出血量が多くて頭が痛かった。それを片手で抑えてぼんやりしていると、上から声が降ってくる。
「椿くん。怪我、見せてください」
 突然に現われた姫咲が、片膝を立てて胡座をかく椿の隣に腰を下ろした。
 自発的に怪我を診るなど。いつものせいか、この素直さは逆に違和感がある。
 ぼんやりとした頭で見ていると、首を傾げられた。
「あら、どうしたんです。早く」
「……やけに優しいな」
 ぱちくりと瞬かせたオッドアイが、ふわりと柔らかに揺れる。
 なにか、心境の変化でもあったのだろうか?
「倭くんに言われました。仲間だから守るんだぞって」
「……倭が」
「ええ。彼らしいですよね」
 可笑しそうに笑う表情からは、迷いが少し消えているように見えた。突然できた仲間に、壁を壊されることが怖かったのだろうと思う。
 姫咲とは、目指しているものが似ている。椿は勝手にそう思っていた。
「それで、そういうのもいいかなって思いました」
「……一蓮托生って?」
「そうとも言いますね」
 右肩の傷に手を当てて、その場所がほのかに輝く。まっしろで、あたたかい光。
 みんな、ほんとうはこんなふうなのだと思う。
 まっしろであたたかくて。だから繋いでいたくなる。
 痛みも、だんだん消えていく。梨佐には平気だと言ったが、歩くたびにズキズキと響いていた。十分に耐えられるものではあったけれど、出血も多くなる一方で、それなりには辛かった。
「あんなに頑なだったのに。そんな一言で?」
「だって本当に、思ったんです。僕には無理かもしれませんけどね」
 微笑む姫咲に影はない。見ようとしていれば、どれが本当の顔かくらいすぐにわかる。
「簡単にできるよ。要はどれだけ心を砕くかだ」
「それは、消えませんか?」
「続いてほしいって。俺は思うよ」
 永久に続く時などないけれど。
 そう願うことは、赦されているのだと思う。
 ただ、願うだけ。ただ想うだけ。それなら。
「なんだか少し楽しくなってきますね」
「いつか、少しじゃなくなるかもしれないな」
 返答は、僅かの苦い笑みに代えられた。
 やっぱり、似ている。
「はい、おわりましたよ」
「もう喧嘩はしないのか?」
 椿は立ち上がった瞳を追う。ぱんぱんと土埃を掃いながら、姫咲がふふ、と声を漏らした。
「あれは楽しみですから。過ぎればまた呼んでくださいよ。ね?」
 穏やかな声は、消すことなんてできない。
 叶わない望みだってきっと、捨てることなどできないのだろう。
「……そうだな」
 右肩の痛みはもう、完全にない。
 椿は、姫咲が光の魔術を持っていることを羨ましいといつも思っていた。
 誰かに求められる魔術というのは、自分にはない。誰かを救える力がほしいと思って。
「ほら、行きますよ」
 姫咲が、右手を差し出す。
 椿は自分の思考に笑って、その手を取った。
「何故か、実際に被害にあったところは少なかったみたいですね」
 20も身長差があると、見上げるのに首が辛くないのかと、余計なことを考えてしまう。
「そうみたいだな」
「よかったですよ。僕、あなたみたいに魔力が強くないので、大量に怪我人が出ると困るんですよね」