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エリュシオン~紅玉の狂想曲

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 梨佐は軽い少年を、しゃがみこんで受け取った。顔の辺りに火傷、息が荒い。
 震えた。何故か、怖かった。
「梨佐さん!こちらへ!!」
「―――ッ、はい!」
 呼ばれて我に返る。姫咲に預ければ、きっと大丈夫だ。梨佐は大きく息を吸い込んで、向かいに走る。
 腕を差し出す姫咲に少年を預けて、その場に座り込んでしまった。
(もしこれが、この幻が、本物だったら)
 未だちらつく、偽物の炎。
 本物だったなら。
 当然、これだけでは済まない。もっと多くの人が傷つき、涙を流して、苛まれる。苦しんで。
 胸が痛くなった。なにも知らなかった自分に、できなかった自分に、腹が立つ。
 少年の隣に寝かされた父親の顔も、苦痛に歪められている。
「このくらいなら、詠唱なしで大丈夫ですね。ありがとうございます、3人とも。少し離れていてください」
 姫咲が緋桜と梨佐を見上げながら、微笑みを返す。それから目を閉じて、あわせた手を口元へやった。
「――――咲蓮桜花(しょうれんおうか)」
 真っ白で、あたたかい光が円を描く。

 そのとき。
 本物の炎に包まれた、何かの破片が、風に煽られて。姫咲たちの頭上へと降ろうとしていた。
「き……っ、姫咲さんっ!! 上っ」
「あかん、……ッ」
「守護陣・水蓮(すいれん)!!」
 硬く目を閉じた直後、倭の声が響く。
 次に視界が橙色に染まった時、空間は、閉ざされていた。少し蒼い、透明の壁。半球のドームが、そこを覆っている。
「姫咲、平気か!?」
 倭の、符術だ。
「……倭くん」
「なんだその意外な顔。仲間なんだから、守って当然だっつの。お前こそぼーっとしてんなよ!!」
「しょうがないでしょう、僕だけ逃げるわけにはいきません」
 そりゃあそうだ。
 倭は失言だったとばかりに顔をしかめる。無表情に戻してから、小さな息を吐いて、剣を引き抜いた。
「……ったく、わかったよ! 姫咲は魔術に集中してくれ。オレは火を消してみる。放っておくと燃え移るかもしれない」
「お願いします」
 珍しく殊勝な姫咲の態度に、短い笑いを倭が零す。
「仲間の無事だってかかってんだ。お願いされなくても当然!!オレがやるべきことっ」
 腰のポーチから一枚の符を取り出して、突き立てるように、剣を構える。
「――水蓮陣(すいれんじん)・烟嵐露華(けいらんろか)!!」
 シャボン玉のような雫が、燃える家屋の真上に集まり始めた。






   + + + + +






 ゆらめく炎の中。椿は走っていた。
 一時はどうなることかと思った。けれど、幻術であることを理解すれば、熱さも感じない。
 発生の元は、おそらく柊だ。柊が媒介となって、この炎は生まれている。けれど、本当の原因についてはわからない。
 幻術が使われていることを考えれば、何者かが関与しているのは確実。けれど、それが誰なのかは、推測の域を出ない。
 情報が多いのと少ないのとで、思考が諍いをはじめようとしている。考えることは、今は無駄だ。
 発生の元を、ひとまずは断つ。
 走ったのは、つい先ほどまでいた、場所。
 柊の練習場だ。
 ひとつの影が見える。
 年齢のわりに低めの身長、オレンジに映える紺碧。
 椿は走るのをやめた。
「柊!!」
 名を呼ぶ声に、振り返りもしない。傍に寄ろうと、歩みを進めていく。
 けれど、様子がおかしい。
「……、柊?」
「………………」
 答えない。声が届いていないのだろうか?幻術とは言え炎に囲まれながら、力が抜けたように立ちつくしている。
 幻術と理解しない限りは熱を感じるのだ。柊に、それを見抜くほどの魔力があるとは思えない。
「しゅ……、……ッ」
「花宵(かしょう)……風月(ふうげつ)」
「!?」
 風が凪いだ。
 瞬間、柊のいる場所から、風の切る音が聞こえる。
 風が見える。白い刃のようになって、こちらに――。
「……ッ、神鳴水蓮(しんめいすいれん)!!」
(今のは……上級魔術……!?) 
 弾けとんだ攻撃と共に、椿が作り出した盾の、雫が辺りに散った。風が消え、柊には雷が纏わりつき、捕える。
「柊!!」
「焔(えん)に出でし燎原(りょうげん)の火よ……」
 呼びかけは届かない。柊の唱えるのは、魔術の詠唱。下級がやっと使えるような力しか、なかったはずなのに。これが本来のものだったのだろうか。
「風神の加護を以って炎炎を、成せ」
「一体なんなんだ……!?」
「朱花風神(しゅかふうじん)――ッ」
 降るのは顔ほどの大きさの、火の花。風に乗って、勢いを増していく。
「…………っ」
 避けるのも限界がある。風の属性が加わると、速さが増すのだ。椿は、深く息を吸った。
「水面に香る宵花(よいはな)よ、宴を彩(さい)し凛となれ!」
 避けきれない。詠唱のある呪文には、こちらもそれで応じなければならなかった。柊は、差し出した両手で、炎を操っている。
「奏でし謡(うた)よ、儚さに散れ……ッ、宵花水蓮(しょうかすいれん)ッ!!」
 視界が一瞬白になる。放たれた炎と共に、周囲にあった橙色のものも、一掃されたようだ。
 倭がいれば、傷を付けなくとも柊を捕えることができただろう。
 右眼の古傷が酷く痛む。
 けれど、今はひとりだ。そうは言っていられない。
(柊、ごめんな)
「水月(すいげつ)の宴にて花弁(はなびら)の舞う、咲き誇る残桜(ざんおう)の儚(はかな)きよ、泡沫(うたかた)となれ」
 大気中にある水分が、パチパチと泡をつくる。次々と増えていくそれが、椿の周りを囲んだ。
「蒼風水月(そうふうすいげつ)!! 万雷よ、迅となり灰燼に帰せ! 迅舞雷風(じんぶらいかぜ)!!」
 柊が顔を腕で覆う。
「…………ッ」
 急所を外すのに集中力がいる。酷く傷をつけるわけにはいかない。半分の詠唱で威力を軽減し、それでも連携で効果が出るように、だ。
 何故か柊は避けることをしなかった。けれど、確かに傷も受けている、が――たどり着く前に、いくつかの攻撃が無効化されているように見える。
「……自動防御……?」
 粉塵が舞う。
 致命傷は与えられていない。
 何か別の力が柊を守っている。いくらか傷を与えなければ、捕縛の術を使うことはできない。使えば弾かれるだろうか。
(!)
 思考に没頭しすぎた。塵の中心に、柊がいない。
「影月深紅(えいげつしんく)!!」
「……く……ッ」
 悪い視界の中から、柊が着地する。飛びぬけた跳躍力は、明らかに柊のものではない。
 右肩が痛む。
(……掠ったか)
 血が伝う。腕から地へと、ぽたりぽたりと、温かいものが流れるのを感じた。
 痛みが広がる。まだそう多く出血しているわけではないが、あまり長くはいられそうになかった。
(どうすべきかな)
 晴れた視界に、相手側の動きはまだない。
 ゆら、と。
 柊が動いた。少しだけ、腕を前に出す。それを横に、広げた。
 唇は結ばれて、詠唱をしている気配はない。
「!? あれは……」
 妙な既視感を感じる。
 差し出された腕を折り、組まれた指が、口元に当てられる。
「烙葬朱蓮(らくそうしゅれん)……」
「……ッ、まさか」
 見覚えのある、構え方と言葉。
 取り巻く炎は、鬼火のように数を増やす。