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世界の果てから、はじまる物語

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「もう…何処でおりるんですか?」

「もう少し先」

「それさっきから五回くらい聞きました」

女の子は疲れたようにため息をついて、観念したように黙った。

それから五分もたたずに、彼女はあくびをし始める。

「あーぁ。ねむ…」

「オイ、寝るな。降りるぞ」

「降りるんですか…?ここってあたしの住んでるとこですよ。あなたの家からはかなりはなれちゃいましたけど」

「シッ、追手に聞かれるぞ!」

「もういいですってばぁ…」

もうたくさんだ、と言いたげに彼女は席から立ちあがった。そしてノロノロと俺の後を付
いてくる。
ふわふわの髪を揺らしながらゆっくり歩く彼女はなんだかお姫様のようだった。

「疲れたの?」

「いえ、大丈夫です。ちょっと怪我してて」

「あ、そうなんだ。気付かなくてごめん」

「なんで謝るんですか。言わなかったのはあたしです」

「ん…まあ、そうだけどさ…」

「気とか使わないで下さいよ」

怒ったような態度で、突き放すような強い口調の彼女に俺は焦った。

なんでいきなり怒ってんだ?俺がなにかしたか?わけわかんねえ…。

電車をおりて改札をとおり、暑い夏に放り出された俺らは、あんなに冷たい電車の中にいたのにもううっすら汗ばんだ。

青空とセミの声のコントラストのなか、女の子と歩くなんてなんか青春だね、うんいい感じ。

「そういえばさ、君ってここに住んでるんでしょ?なんで俺らの学区…つうかあんな遠くて田舎なとこにいたの?」

「…それは…」

女の子はちょっと口ごもって、それからぽつりと呟いた。

「飛行機雲を、走って追いかけてたんです」

「ひこうきぐも?」

思わず間抜けな変な声がでた。この暑い中、なんでまたそんなめんどくさいことを…。

「それはどういうこと?飛行機雲が好きなの?」

「子供のころ、飛行機雲を追いかけませんでした?雲をつかもうとして」

ああ、やったね。疲れるまで走りつづけたっけ。あのあとって、どうやって帰ってきたっけ?思い出せない。

「それから月や太陽、虹も。それらがある場所、そこにはこの世の果てがあって、そこを越えると何かが待ってるんですよ」

「なにそれ、宗教?」

「子供のころの幻想です」

女の子はうつむいた。声も暗かった。

「あたし、すごく足が速かったのに、事故で車にぶつかられて選手生命を断たれたんで
す。
そのせいで家族からも信頼されなくなって、なんか邪魔ものかいないものみたいに扱われて…。
大好きだった唯一の支えのカレシも留学しました。噂で彼女ができたって聞いた」

あれ?なにこのケータイ小説みたいな展開?全然ついていけないよ?

…っていうか、君、そんな辛いことを…。そうやって俺が振り回したのに付いてきてくれ
たみたいに、悲しいことを全部我慢してきたの?

「悲しいですよ。また走りたいですよ。大会にも出たいですよ。もうどうしようもないのは知ってるけど…受け入れられないじゃないですか…。
でも、飛行機雲を越えた場所に何か待っててくれるんです。幸せが待ってるんです」

なんだか女の子は狂気じみて、しかし弱弱しくて、なんだか壊れそうで怖かった。

「だから捕まえます。飛行機雲も流星も。月も太陽も虹も越えます」

ふわふわの髪は、急に風に吹かれて、横にたなびいた。

「絶対、捕まえるんだからぁぁあ!」

前を見ながら涙をいっぱいためて、背をちょっと丸めて、手をぎゅっと握って叫んだ彼女
は、綺麗だった。

大声で泣きだした彼女を、俺はどうしたらいいか解らずに、ドラマだったらどうしてたっけと考えたけどそんなことは現実じゃ役に立たない。

どうしたらいいんだろう。わからないけど、彼女を抱きしめた。俺が子供のころは、泣い
たら母親が抱きしめてくれた。そうしてもらうと悲しくなくなった。

抱きしめた彼女からはキモいとも聞こえなかったし、嫌そうな顔でもなかった。

しばらく大泣きしてようやく涙がとまり、鼻をすすりながら肩を震わせる少女に話しかける。

「じゃあ、よし。あんたの世界で冒険しようぜ」

「へ…?」

彼女は涙にぬれた泣き顔をあげる。なんかすっげえ面白いぞその顔。

「俺の世界は『真昼の流星を見た奴は流星の着地地点を見つけないとFBIに消される』だけど、それはおしまい!飽きた!」

俺は空を見上げた。真っ青な空に流星はもう見えない。

「あんたの世界はどんなだ?」

「あたしの世界?えーと…そんな急に…。てか、やっぱり作り話だったんじゃないですか」

「まあ、そうだけど…。そんなんどうでもいいじゃん」

かっこがつかなくてちょっとバツが悪い。紛らわすように頭をかきむしる。

「世界って、どういうことですか?物語をつくるの?」

「……『真昼の流星を見たら幸せになれる』。」

「え…?」

「流星を見たら幸せになれるんだよ、願い事がかなう!そうだろ?」

「あたしの聞いた噂では、そうですけど…」

「飛行機雲みてえにさ…流星に追いつけば、つかめれば、そこは世界の果てなんだ」

女の子の目が大きく見開いた。俺はそれに笑いかける。

「幸せが待ってんだ。世界の果てならあんたの足は治るんだ。それがあんたの世界」

そういって、彼女の手を握った。

「行こう!」

夢見がちな目でぽけーっとした少女の手を引いて、歩き出した。

女の子はやっぱり不自然に足を引きずりながら一生懸命ついてきた。