奪われた過去
山小屋で今朝作って貰った握り飯で、彼は空腹感を解消した。大きなお握りにはゴマがまぶされていた。中には梅干しが入っていた。添えられていた沢庵が絶品だった。竹の皮で包んであったので、余計に美味かった。
勤め先で仕事をしていると、昼食のあとは必ず眠くなる。五分でも眠れば、そのあとは支障なく仕事を続けられるのだが、それさえ不可能な程多忙な日は、ミスを犯すこともあった。
半年前の或る日の午後、印刷原稿を製作する中で、緒方は重大なミスを犯した。大手デパートのセールの大型チラシ広告の中で、女性用スーツの価格の十万円単位の数字を、落としてしまったのだった。予定の五分の一の数だけ販売することで落ち着いたが、ある程度の損害額を、緒方の勤め先の新世紀工房で持つことになった。
上司から叱責されている夢から目覚めさせたのは、再びの突風だった。突然の強烈な風に背を押され、緒方の腰は倒木から地面に落ちそうになった。倒木に腰かけたまま、いつの間にか彼は居眠りをしていたのだった。ふと気になってザックを見ると、お握りを包んであった竹の皮を丸め、ポケットに差し込んである。緒方にその記憶はなかった。恐らくすぐ傍の女性登山者が、地面に落ちていたのを見兼ねて拾い上げ、そうしてくれたのだろう。起こさないように気を遣いながら。