奪われた過去
「旅館のおばさんからお稲荷さんを沢山貰って来たから、食べてください」
それは口の中で食物を咀嚼しながらの声で、差し出されたプラスチックの半透明な容器に、数えると十三個も、稲荷寿司が並んでいる。いつの間にか隣に座っていた娘は、既に齧った一個を手に持っていた。緒方も礼を云ってから取って食べ始めた。
別の小さな容器には漬物や卵焼きなどが入っていて、それが座っている倒木の上に置いてあり、割り箸も添えられている。
「急いで食べろとは云わないけど、上で人を待たせてるの。そちらは下山中の人ですよね」
「そうです。途中で髪が長い女性と会いましたか?」
「もうひとつどうぞ……黒い登山服の美女でしょ?今云おうとしてたんです。少し話しただけで、何だか哀しい気持ちになりそうだったの。冷たいこと云ったんでしょう。彼女は何分の一?」
「……何のことだか解りませんけど、どうもごちそうさま。今は何時か判りますか?」
「まだお昼過ぎたばかりです……はい、これ、足が痛いときに効くんです。あのひとが心配していたから」
「これは、漢方薬ですね。ありがとうございます」
「即、のんでください。はい」