奪われた過去
「……お書きになるのですね?初めて知りました」
「……正直に云うと、小説を書きたいと思っています。でも、いつも途中で放棄してしまって……駄目ですね。死ぬまでに一編だけでも、結末まで書ければいいと思っていますよ」
「頑張ってくださいね」
「山ばかり行ってますから、完成はいつのことやら……」
「そうでしたね。最近も、山へ行かれてますか?」
「このところご無沙汰でしたが、来週ですけど、木曜日から四日間、前にお話しした山へ行きます」
「思い出しました。いいですね。お仲間と?」
「独りです。協調性がない子だと、通信簿によく書かれていましたが、相変わらずです」
緒方は笑いながら云った。
「気ままなひとり旅ですね」
「それが、性に合ってます」
「コースは、去年と同じですか?」
「今年は、反対側へ下りてみようかと思っています」
「縦走ですね。じゃあ、最後に温泉に入れますね」
「そうでしたね。無事に下山できたら……佐井さん……山でお会いしたいです」
「残念。わたし、同じ日程で、実家へ行きます……どうも、お邪魔しました」