奪われた過去
「相当に酔ってますね。どうして、そんなに?」
「……どうしてか、わからないんです」
「ここまで、かなり遠回りして来たでしょう」
緒方が居るところから、一メートル以内の場所に、ゆかりは座った。
「そうかも知れません。旧道になるのかしら。緒方さんは私を追いかけて来ると、思い込んでいました。でも、わたしは人を寄せ付けないところがあるから、そんなことはないと思い直しました。わたし、少し男性恐怖症だから、今思うと、よくここまで来たと、我ながら感心しています」
「僕の方は、女性恐怖症かも知れません。それに、恋愛恐怖症と、高所恐怖症なんです。恐怖症のデパート……」
ゆかりは少し笑った。
「でも、わたしの方は、今だけはその症状が薄れているんです。今、緒方さんは怖くありません」
緒方は少し嬉しい気持ちになった。
「私は男っぽくないんです。男らしくないとか、男の色気がないとか、随分云われて来ました……まだよく知らないだけでしょうけど、佐井さんは女の怖さがあまりないというか、ちょっと楽な相手という感じですね。失礼かも知れませんけど、顔が見えないから電話と同じ感覚なのか、こんな風に女性に向かってことばを発することが出来る、ということが不思議です。殆ど奇跡ですよ。軽率に思われたかも知れませんけど、先程の、結婚の話は本気です。真剣なんです」
「わたしは、女性としての魅力に欠けるんです。母に似ないで……」
「キスをしたいんです」