奪われた過去
喫茶店や駅で、一緒に居た女性が泣き出してしまい、途方に暮れたことがある。なぜ泣いたのか、誰が泣いたのか。それさえ、今では判然としない。
霧が濃くなった気がする。大きなテーブルのような岩の上で、緒方は仰向けになっている。
やはり、霧が発生したらしいので、眼鏡があっても星は見えないだろう。空腹が辛い。
急に空が白くなり、頭上に樹木のシルエットが、ぼおっと黒く浮かび上がった。
だが、一瞬のことだった。その後、同じことが何度かあった。左の方向からの光が、次第に接近しつつある。誰かが下山して来る。その誰かということは、はっきりしている。
胃のあたりが痛い。こんなに空腹が辛いものだったのかと思う。病院へ行くべきかも知れない。
急に光が来た。かなり強烈な光が、緒方を攻撃するように照らしている。眼が痛い。頭も痛い。
「大丈夫ですか!?」
裏返ったような、鋭いゆかりの声だった。叱責されたような気持ちで、緒方は顔を片手で覆った。
「大丈夫、みたいですね」
と、やや落ち着いて、若い女の声が云った。
「そこは滑りますから、気をつけてください」
「……」