奪われた過去
真夜中のような暗さの中に居て、見上げると狭い空にはまだ微かに残照があり、また、同時に瞬き始めた夥しい星々の存在も感じられた。眼鏡がないのだから何も見えないのだが、少なくとも彼の心の眼には見えるのだった。
やがて、路は流れの中に溶け込んでしまった。ただし、そこはあの騒々しい渓流とは大きく異なり、微かな優しい水音を伴う流れで、極めて穏やかである。深さも膝まではなく、平らな岩盤の上を、車が交互通行できる幅で流れていた。
緒方は思わず笑った。今は暗いので人影もないが、そこは案外有名な場所で、付近には、茶店のようなものもありそうな気がするのだった。
油断していた。浅い水の中で、靴が滑った。派手に水音をたて、仰向けに倒れるのを避けた。気がついたときには四つん這いになっていた。
そして、左の足首が痛んだ。痛みに耐えて移動し、岩によじ登った。緒方は顔を歪め、荷物を背負ったまま、仰向けになった。星がぎっしりと瞬いていそうな晴れた夜空を、眼鏡なしで眺めると、哀しいような気持になった。流れ星を見るのが、かなり好きなのだった。
それだけのために夜の山に登ったことは、数えきれない程だった。
やがて、足の痛みは増して行くようだった。徐々に霧に包まれ始めた。そんな感じは、湿度の変化に依るものかも知れなかった。急な豪雨に見舞われ、鉄砲水に流されるのではないか。そんな危惧も生じる。
幼い頃、押入れの闇の中で、何時間も過ごしたことがある。自らの意思でそうした場合と、閉じ込められた場合。半々といったところだろうか。その背景に塗りこめられてしまった事情は、もはや掘り起こしようもない。