奪われた過去
さながら遊歩道と呼べるような快適な路になったとき、あのアカマツの森の中には、右側へ降りて行く急な路があったのを思いだした。人生には、多くの重大な分岐があると、緒方はしみじみと想った。そして、自らが選んだ路はどれも不正解だったと。
遥かな昔という感じだが、実際は十年くらい前のことを、彼はまた思い出した。異性に対してはいつも消極的だった彼が、初めてのデートをすることになった。恐る恐る出したラブレターに返事があり、間もなくそんな運びになった。しかし、ごめんなさい、という手紙が届くまでに一年とはかからなかった。
ごめんなさい。わたしは、あなたを最初から好きではなかったのかも知れません。ただ、デートをしてみたかったのかも知れません。ごめんなさい。
ただ映画館で、並んでスクリーンを観ていた。喫茶店で映画の感想を述べ合った。「清く正しい」男女交際は、その枠内で、突如終焉を迎えた。表面的には激しく愛し合っていた。しかし、罵り合うようなこともない、穏やかで、物足りない関係だったようにも思う。
今は、そうではないかも知れないものが、次第に近付いて来る予感があった。半年も前から、電話の声だけで識っていた女性。佐井ゆかり。彼女がすぐ傍に居る。温かな空気が、流れている。幸福の、匂いがしている。