奪われた過去
遭難
下は粘土質で濡れているところが多く、足を滑らせての尻餅の回数は数えられない程だった。シダ類や灌木が、鬱蒼と生い茂る急斜面。その中を、緒方は顔や手に細かい傷をいくつも刻みながら、駆け下りて行った。藪蚊には刺され放題である。確かに沢音は聞こえているが、水が見えない。一気に暗くなり、小枝に眼鏡を飛ばされたときは、すっかり夜の暗さになっていた。
三十分間は眼鏡を探したと思う。彼の顔は、そこに光があれば蒼白だっただろう。とりあえず断念した彼は、小枝に梱包用の白い紐を目印として結びつけた。明朝再捜索するつもりで……。
ぼんやりと見える急流を視野に感じながら、彼は暫く呆然としていた。手が痛いのは細かい傷が想像以上にできたせいらしい。散々な目に遭った。藪漕ぎなどとは、金輪際縁を切りたいものだと、彼は思った。
沢に沿って続く路は、大小の石の上や、丸木橋を渡らされたり、岩の斜面を飛沫を浴びながら、トラバースさせられたりしながら、高度を僅かづつ下げて行った。