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時夢色迷(上)

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「あっ! 堪忍なぁ、自己紹介忘れとったわ」
のんびりと喋る少年の口調は、とても優しかった。
「僕、松枝千秋って言うんよ。中学の一年生やねん」
「ぼ……ボクも中一です! 陽幸って言います!」
陽幸の笑顔に、少年―千秋は、更に笑顔になる。
「一緒やなぁ!」
楽しそうに笑って、陽幸の手を握ってブンブンと振る。
「なぁなぁ、お姉さんは、名前なんなん?」
陽幸の後ろに立っていた杏香に、声をかける。
「杏香よ。中三なの。よろしくね、千秋君」
ふっと、静かに微笑みを作って千秋に返すと、千秋はにへらと笑った。
「もう、覚えてくれはったん? 嬉しいわぁ」
陽幸の手を離すと、杏香に手を出して握手を求める。
「杏香さんかわええのに、そんな顔したあかんよ?」
「へ……?」
眼鏡の奥の瞳が、真剣そうに杏香を見る。
「やから、そない悲しそうな顔したらあかんて。悲しい事があったんやったら、次に来るんは嬉しい事やで? 笑顔で待たな!」
そう言うと、千秋はにっこりと笑う。
(会ってから、数分も経っていない人間に、どうしてそんな事を言われなきゃならないの)
と、思った杏香だが、千秋の言葉は杏香の心を軽くした。
「えっ……僕、なんか悪い事言ったやろか」
少し考えていて、返事をしない杏香を前にして、オロオロとしだす千秋。その様子に、杏香は笑った。
「笑顔、やっぱりかわええなぁ~」
天然でそんなことを言う千秋に、陽幸も声を殺して下を向きながら笑いだす。
「あれ? 陽幸くんまで笑うん?」
杏香は、一通り笑い終えると改めて千秋を見る。
学校の制服だろうか。白のカッターシャツにライトグリーンのネクタイ、暗い藍色のブレザーとズボン。淡い茶色の直毛の髪は、肩に先が少しだけかかっている。黒色の眼鏡の奥から覗く茶色の優しい目は、ふんわりと笑う。
「僕の顔になんか、付いとる?」
「ん? いいえ、違うわ。少し見てただけよ」
そう、杏香が言う。不思議そうな顔をしたが、分かったかのように目を輝かせる。
「僕、かっこええ?」
ふざけながら笑う。陽幸にも、同じ質問をして、楽しそうに笑う。
(かっこいいというよりか……)
「可愛いわよ?」
自分より幾分か小さい千秋の頭を撫でてやる。
「可愛い? ありがとさん! でも、男の子に使う言葉やないよ~」
くすくすと、口に手を当てて笑う千秋の姿は『カッコいい』という言葉からは、かけ離れていた。『可愛い』辺りが、確かに妥当であろう。
「でも、確かにまつくんは、可愛いですよ!」
いつの間にか付けられたあだ名に、微笑む千秋。
「陽幸くん。それ、自分の事とちゃう?」
からかう様な口調で言うと、陽幸も反論してくる。まるで、小さな子供の様な口げんかが繰り広げられる。
「じゃぁ、あんちゃんに決めてもらいましょう!」
「杏香さん! かわええのは、陽幸くんの方やんね!」
身長の関係で、二人とも見上げる形となって杏香に聞く。
「そうね……どっちも可愛いわ」
そういって、すっかり癖になってしまったかの様に、二人の頭を撫でる。
「う~……杏香さんも、かわええです」
膨れながら上目気味に、杏香を見る。
「ほんと? 嬉しいわ。ありがとう」
子供を可愛がるかの様に、頭を撫で続ける。大人の余裕とでも言い表すのが妥当か。杏香は、千秋の言葉を受け流した。
「なんか、あんちゃんだけ大人みたいです……」
「僕らとあんまかわらへんのに……」
そう言って、クスリと小さく笑う。
「ふふっ♪うちは、大人なの…ひゃっ!」
余裕の笑みを浮かべていた杏香だが、一歩後ろに下がったとき、植えてある木々に躓いてしまった。
「ぷっ……結局、うち等は皆子供なのね」
「みたいやねぇ」
「だね~」
三人の笑い声が、温かい空気を作り出す。
「これ、ツツジやねぇ」
千秋は、髪を耳にかけ、眼鏡を少し押し上げながら、杏香が躓いた木の葉っぱを見て微笑んだ。小さな白いつぼみが幾つかついている。膨らんできている物もたくさんある。
「気付かなかったわ」
ぼそりと、呟く。白色だけだった時には、つぼみどころか、ツツジの木が植わっていることすら見つけられなかった。
「きっと、きれいな花が咲くんやろなぁ~」
愛おしそうな目で、花が今にも咲きそうな大きなつぼみを見る。
「決めたで! 僕、この花が咲くん見届ける!」
にっこりと、太陽の様な笑顔を二人に向ける。その顔はいきいきとしていて、心の中でさえも晴れさせてくれるかのような、暖かくて優しい笑顔。
「……それが、まつくんの『願い』ですか?」
「そうなるやろな~」
ほわほわと笑いながら言う千秋と真逆で、陽幸はどこか悲しげな表情をしている。それに気付いた杏香は、陽幸の表情がさす意味を理解した。
「ボクも手伝います! ボクも、まつくんと一緒にこの木にいっぱいのツツジの花、見たいですから!」
さっきまでの表情からは想像もつかないぐらいの笑顔で、千秋の手を掴んで笑う。
「ホンマ? めっちゃ嬉しいわ~!」
陽幸の手を握り返してブンブンと上下に振る。陽幸と千秋から少し離れたところで、杏香は立っていた。
「あんちゃんも、手伝ってくれますよね!」
にっこりと微笑んで、杏香を見る。陽幸の横では、嬉しそうに期待をした目で杏香を見る千秋。
「えぇ……手伝うわ……」
「杏香さん! ありがとう!」
嬉しさのあまり、ぎゅっと杏香に抱きついた。
「って、あぁ! なれなれしいなぁ……ごめんなぁ」
「良いわよ」
手を合わせて、上目気味に杏香を見る千秋。杏香は、小さく笑った。
(千秋君も、ひさ君も、ほんと小さくて可愛いわね)
そんな事を思っている杏香の脳裏に浮かんできたのは、さっきの陽幸の表情。
「……絶対に、離さない」
誰にも聞こえないぐらいの大きさで呟いた。それは、美夏を思い出しながら、もしも……もしも、此処にいる二人も同じように消えていったら、と考えた杏香の心の声だった。
「むっ……ボクには、ぎゅ~ってやってくれなかったのに」
ぷくっと、頬を膨らまして千秋に抱きつく。それに、千秋は小さく笑いながら抱きしめた。
「堪忍なぁ~陽幸くんも、ありがとうなぁ! めっちゃ、助かるわぁ!」
満足したのか、口に溜めた空気を吐き出して笑顔になる。
「あっ! ほな僕、水くんでくるわ!」
近くにあった、空のペットボトルを拾って少し遠くにある、水道に小走りで向かっていく。
「ねぇ……千秋君も、消えちゃったりするの……?」
なるべく、普通に聞いたはずなのに声が震えている。
「……あんちゃんは、みーちゃんが幸せそうに見えませんでしたか?」
「……」
突然の陽幸の問いに、答えることが出来ない。
確かに、美夏は楽しそうに笑っていた。最後の笑顔は、今まで見た笑顔の中でも一番純粋で、一番輝いていた。
「ボクには、そう見えました。……此処にいるより、帰った方が新しい幸せな人生を送れるんじゃないかなって、思うんです」
水をくみにいった千秋を見ながら、大人びた表情で言う。
「新しい人生って……どういうこと……?」
言ってから、しまったと口を押える陽幸。
「どういうことなの……」
「みーちゃんと、まつくんは……金江美夏と、松枝千秋は、もう生きてない子たちなんです」
作品名:時夢色迷(上) 作家名:黒白黒