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時夢色迷(上)

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いきなりの言葉にびっくりして、間抜けな声を出す杏香。
陽幸なりに考えたのだろうが、それは杏香の今の行動を否定することになる。…いや、確かに陽幸は今の杏香の行動を否定したのだ。
「折角、いつもと違う場所にいるんですよ? いっそのこと、楽しんじゃいましょうよ!」
そう言って、笑う陽幸の目はキラキラと輝いていて、おもちゃを前にした子供みたいだ。
「確かに…それもそうね。折角こんな体験するのならば、楽しんだ者勝ちよね!」
陽幸の方を向くと、同じように笑って見せた。ふたつの笑顔が咲いた時、壁へと着いた。
「あっ! 端っこ!」
そう言って、壁に向かって走り出した陽幸の姿は、壁に当たる事もなく――消えた。
まるで、壁の中に溶けてしまったかのように、消えていった。
「ひさ君!」
追うようにして、杏香も走り、壁の中へと消えた。その壁の近辺には、また静寂が訪れた。

+第一章+ 遊ビタガリノ少女


「いったぁ……」
陽幸を追いかけて壁の中に飛び込んだ杏香。着いた矢先に、地面にしりもちをついてしまった。
「あんちゃん? どうしたの?」
「おねぇちゃんだいじょうぶ?」
自分の追いかけていた声と、もう一つ――高い子供の声が聞こえて、ばっと顔を上げる。そこには、陽幸と陽幸の手を握る小さな少女がいた。
少女は、ハート柄の可愛らしいシャツに、裾にフリルの付いたズボンを履いている。高い位置でツインテールにされた髪は、肩ぐらいまである。大きな瞳は、心配そうに杏香を見ている。
「え……?」
状況が呑み込めない杏香は、しりもちをついた時の痛みなど忘れ、必死に働かない脳みそを活性化させる。落ちた場所は、一番最初にいたこの世界の真ん中部分だった。
「そうそう、あんちゃん。この子は、美夏ちゃんです!」
「みなつです! よろしくね」
この空間に居るのが、自分と陽幸だけだと思い込んでいた杏香は、とりあえず目の前に、小さな少女―美夏が居ることは理解できた。
「よ……よろしく……」
「あんちゃん?」
(何で、ひさ君はこの状況に馴染んでんだろう……。)
そんな考えが、杏香の頭の中を走りぬけていく。
「ひさ君って、意外と展開について行けるのね……」
杏香は、ふ~とため息をつくと苦笑いをしてみせた。
「あんちゃん! ひさくん!」
美夏は、杏香を先に指さし、その後陽幸を指さす。
「そうです! ボクは陽幸。ひさ君だよ」
自分を指さしてニコッと笑って見せる。
「で、こっちが杏香ちゃんだから、あんちゃんだよ!」
「きょうかなのに、あんちゃん? なんで?」
美夏は、不思議そうに首を傾げる。その様子に、陽幸と杏香は微笑ましく思った。首を横に倒したまま、「うーん」と唸っている美夏の姿は、子供らしくて可愛らしい。
「あんちゃんは、あんちゃんだから、あんちゃんなんです!」
陽幸が、よくわからない事を言って微笑む。案の定、美夏は良くわからないといった顔をするが、すぐさま笑顔になった。深く考えないのだろう。
「そっかぁ! あんちゃんは、あんちゃんだからあんちゃんなんだね」
さっきの陽幸の言葉のおうむ返しをする美夏。何処をどう理解したのか、納得したような顔をしている。
(理解できてないのって、うちだけなのかな……)
「じゃぁ、改めまして。あんちゃんです。よろしくね。みーちゃん」
速攻で、考えた名前を美夏に言うと、美夏の顔がぱぁ~と輝く。
「うん! わたしね、みーちゃん! よろしくね!」
ニコニコと、眩しい位の笑顔で笑う美夏。その横で同じように笑う陽幸。
「ひさくん! あんちゃん! みーちゃんね、『こーえん』いってみたいの!」
「公園? そんなの、此処に」
「ありますよ!」
あるの? と、続けようとした杏香の言葉は、陽幸の言葉で遮られた。
「さっき、いろいろ見てた時にありましたよ!」
「いこ! こーえんにね、いきたいの!」
キラキラと、目を輝かせながら美夏は二人の手を引く。体からは、抑えきれないほどの好奇心や、喜びがにじみ出ている。
「じゃぁ、ひさ君。道案内は頼むわ」
「うん!」
そう言うと、美夏を真ん中に挟んで公園に向かって歩き出した。
「なんかね、あんちゃんとひさくんってね、おにいちゃんとね、おねえちゃんみたいだね!」
にっこりと笑って言う美夏の頭を、杏香は優しく撫でる。
「そう見える? 間違っているけど、嬉しいわ」
「みーちゃん! ボク、お兄さんですか! おっきく見えますか!」
ぱぁーと、顔をほころばせて美夏に繰り返して聞く陽幸。美夏は、笑顔で頷いていた。その様子を見る限り、とても、『お兄ちゃん』からはかけ離れていたのだが。
「じゃぁ、『お兄さん』公園は何処ですか?」
杏香が、ちょっとからかい気味に聞くと、からかわれていることに気付かずに、楽しそうに笑う。
「こっちです!」
陽幸が軽く走りながら公園へと向かうと、美夏もその後ろを追いかけていく。二人合わせて、四つの瞳がキラキラと輝いている。二人の事を微笑ましいと見ていた杏香は、年よりくさいな……と、自嘲していたが。
「「あった!」」
嬉しそうな美夏と陽幸の声。それに反応して、杏香も小走りになる。
「こう……えん?」
その場所は、公園というのにはやはり不完全すぎる。
すべり台も、ブランコも、シーソーも、砂場までもが白い。昔から、公園が大好きでよく行っていた杏香からすると……いや、きっと誰から見たとしても不気味で仕方がないだろう。
そんな環境の中でも、美夏は楽しそうに笑う。
杏香は、不気味な公園のベンチに腰を掛けて美夏を見た。
――一瞬、美夏の周りが色づいて見えた。
「っ!」
ガタンッという大きな音をたてながら立ち上がる。ビックリして、杏香の方を見る美夏と陽幸。何度も何度も瞬きをしてみるが、先ほどのように色は見えない。
「あんちゃん? 何かありましたか?」
陽幸が不思議そうに杏香の顔を見る。それもそうだろう。立ち上がった反動で、杏香の座っていたベンチが倒れた。何かがあったと考えるのが妥当だろう。
「え……何でもない……よ」
動揺を隠せないまま返事をし、倒したベンチを元に戻す。
「あんちゃん?」
美夏がすべり台の上から乗りだして杏香の方を見る。
「あんちゃんね。なんかね、おかし……」
「危ないっ!」
乗り出しすぎて、落ちていく美夏。
折角、きちんと直したベンチを蹴り飛ばして、美夏の元へと走る。
地面に着くまであと数センチというところでギリギリ間に合い、幸い二人ともケガは無くて済んだ。
「ふ……たすか……った」
杏香は、冷や汗を流しながら強く美夏を抱きしめる。
「みーちゃんも、あんちゃんも大丈夫?」
焦りながら走ってくる陽幸。
「こわかったけど……なかないもん……なかないもん!」
ぐっと、涙を堪える美夏。瞳には、涙がたまっている。
「そう。みーちゃんは偉いのね」
そう言って、杏香が頭を撫でてあげるとこくんと頷く。
「うん。みーちゃんはね、えらいの。だからね、なかないの」
「じゃぁ、みーちゃん! 今度はシーソーに乗りましょう!」
作品名:時夢色迷(上) 作家名:黒白黒