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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑(2)未完成の城

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 嗤った麗慈の醜悪な顔。こんな麗慈の表情を見たのは翔子にとってはじめてであった。いや、翔子は朦朧とする意識の中でこの顔を見たことがあったことを思い出した。
 翔子の背筋に冷たいものが走った。
「……どうしてこんなところにいるの?」
「リベンジだよ、俺は愁斗を殺り損ねたからな。次は絶対に仕留めてヤルよ」
「もしかして、今から愁斗くんに会いに行く気なの!?」
 麗慈の歩いていた方向には愁斗のマンションがある。麗慈は愁斗に?挨拶?をしに行くつもりだったのだ。
「ククク……だったらどうする?」
 嗤って聞いた。翔子には何もできないことを麗慈は知っている。
 『止める』と翔子は言いたかった。だが、それを自分ができるのだろうか?
「愁斗くんのところには行かせない」
「強がりはよせよ、おまえじゃ無理」
「やってみないとわからないでしょ!」
 やってみなくても答えは出ている。翔子は愁斗と麗慈が戦っているのを直接見ていたわけではないが、本気を出した麗慈が別の者と戦っているのは朦朧とした意識の中で見たことがあった。あれを見てしまっては普通の人間ならば麗慈に逆らったりはしない。
 麗慈の手が煌きを放った次の瞬間、翔子の手に赤い線が走った。
「痛っ!」
「今は軽く切っただけだけどさ、首を跳ね飛ばすのだって簡単だし、そうだなぁ、服だけを切り裂いて裸にするって芸当もできるよ」
「…………」
 翔子は何もできず、何も言えなかった。今、変なマネすれば絶対に殺される。
 麗慈はわざと翔子に背を向けて言った。
「かかって来たいなら来なよ、いつでもヤッてやるよ。まあ、俺がどっか行くまで動かなければ手は出さない。最近は無駄に切り刻むのも飽きたからな、生かしてやるよ」
 背中越しに手を振りながら麗慈は行ってしまった。
 動かなければ殺されない。だが、翔子はそれ以前に足がすくんで動くことができなかった。
 麗慈の姿が見えなくなってだいぶ経ってから翔子は地面にへたり込んだ。全身の力が抜けて今度は立ち上がることができない。
「ダメ……動けない。でも、早く愁斗くんのところ行かなくちゃ」
 だが、やはり立ち上がることができなかった。

 愁斗は自分の部屋のクローゼットを開けた。
 クローゼットの中で永遠の眠りにいている傀儡。人間とは思えないほど妖艶で美しい女性を模った愁斗の大切な存在。ここで眠る銀髪の美女は人間を模った傀儡ではなかった。
 ここで眠る女性のもととなった人間は魔女や悪魔と呼ばれることもあった。ある意味それは真実であったかもしれない。その女性はこの世界の住人ではなかった。
 秋葉蘭魔――すなわち愁斗の父に召喚された者。それがここで眠る傀儡のもとになった女性だった。
 座るように置かれている傀儡の衣服が乱れていて胸が露になっていた。
「誰の仕業だ……?」
 呟く愁斗の脳裏に翔子の顔が浮かんだ。
 昨日、翔子は愁斗の部屋に忍び込んで傀儡を発見した時、胸の印を確かめてそのまま服をもとに戻さずにクローゼットを閉めてしまったのだ。
「翔子が紫苑を見たのか……?」
 紫苑という名の傀儡の乱れた服を綺麗に整えて、愁斗は氷のように冷たい紫苑の頬に優しく触れた。
 愛しい者を見る瞳で愁斗は紫苑を見つめた。だが、その想いは翔子に抱く想いとは別のものだった。
 愁斗は紫苑を見つめ何を想う?
 この傀儡は愁斗にとってどのような存在なのだろうか?
 愁斗は冷たい唇に自分の唇を重ね合わせた。そっと離れた愁斗の哀しみの表情を浮かべ、瞳から流れた涙は頬を伝って地面に零れた。
「いつか……必ず……」
 傀儡でなければならない理由。愁斗が傀儡師であり続ける理由、それは――。
 突然、玄関が開かれた音が愁斗の耳に届いた。
 翔子が出かけた時に愁斗が自分で玄関の鍵を閉めたはずだ。それに亜季菜はまだ眠っている。
 クローゼットをゆっくりと閉めた愁斗は廊下に飛び出した。
 廊下で奴が待っていた。そこには麗慈が立っていた。
「久しぶりだな紫苑」
「再び私の前に現れるとはどのような用件だ?」
 冷たく響く愁斗の声。これが彼の内に秘められた彼だ。
「決着をつけようと思ってな……ククク」
「決着ならすでについている。私に手首を切り落とされたこと、忘れたとは言わせない」
 以前の二人が直接決戦をした時、勝利を収めたのは愁斗であった。麗慈は妖糸を放つことのできる右手を手首から切断されて戦闘不能になった。今、麗慈の右手がもとに戻っているのは愁斗が縫合したためだ。
「ククッ、あの時の俺と今の俺様を一緒にしてもらっちゃ困るおまえの見よう見まねで変なのを呼び出せるようになったぜ」
 これは〈闇〉のことを言っている。愁斗は〈闇〉を呼び出すだけでなく、召喚も行えるが麗慈にはまだできない。だが、〈闇〉を呼べるだけでも脅威だ。
「何が呼べるというのだ? それは〈闇〉のことを言っているのか?」
「よくは知らねえが、闇色をしたやつだから、その〈闇〉ってやつなんだろうよ」
「貴様が〈闇〉をか……召喚は使えるのか?」
「いいや、でも今の俺ならおまえに勝てる」
「それだけでは私には勝てぬな。貴様は〈闇〉を知らずして使っている、いつか己が〈闇〉に喰われる……いや、貴様が喰われるだけならば何も言うまい。〈闇〉を使うのを止めろ」
「ククク……ヤダね。こんなおもしろい力、使わない手はない」
 嗤う麗慈に対して愁斗は冷笑を浮かべた。
「先ほど『今の俺ならおまえに勝てる』と言っていたが、確かにあの時の私になら勝てていただろう。だが、あの時の私は重症を負いながらも貴様に勝った。つまり貴様は弱者でしかない。貴様がどのような力を手に入れようとも私は貴様に負けない」
 玄関のドアが開けられ二人が麗慈を挟み撃ちにした。ひとりは愁斗、そして、もうひとりは紫苑だった。
 麗慈は後ろを振り返って紫苑の顔を確認した。
「あの時の顔か!?」
 麗慈が見た紫苑の顔。それはいつか紫苑の仮面を剥ぎ取った時に見た顔であった。
 愁斗は高らかな声をあげた。
「私を含むもの、それが?紫苑?だ」
「ククク……二人掛かりとは卑怯だな」
「私は善良なる者ではないのでな、そうでなくては〈闇〉も使いこなせん」
 麗慈の身体が揺らめいて霞んだ。逃げる気だ。
「逃がすか!」
 愁斗と紫苑の手から同時に妖糸が放たれたが、それは麗慈が消えた後だった。
 麗慈が消えた後、その声だけがこの場に残ってこう告げた。
「明日、ジゴローランドっていうテーマパークで待ってるぜ。時間はいつでもいい、必ず来い、おまえと俺のデートを楽しもうぜ! クククククククク……」
 声が消えた後、愁斗は紫苑のもとへ行き、彼女を抱きかかえて自分の部屋に戻った。
 愁斗の部屋の窓が開いていた。先ほどは閉まっていたはずだ。麗慈が愁斗の前に姿を現してすぐに、紫苑をこの窓から外に出して玄関に向かわせたのだ。
 クローゼットの中に紫苑は再び入れられた。
「あんな奴に紫苑の素顔を見せてしまってごめんよ」
 そう傀儡に語りかける愁斗。紫苑の素顔は愁斗だけのものであり、他の者に見せたくなかったのだ。
 また、ドアの開かれる音がした。そういえば鍵をまだ掛けていなかった。