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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑(2)未完成の城

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「いいよ、僕がやっておくから」
「じゃあ……」
 翔子は何か手伝いをしないと悪い気がしてしまっているのだが、何もすることが見つからなかった。
「私、一度家に帰って荷物持って来るね」
「気をつけてね」
 愁斗の笑顔をもらった翔子はさっそく着替えを済ませて出かけた。
 家に一度帰って着替えなどの荷物を持って来る。つまり、翔子は数日間、愁斗宅にお泊まりする気満々なのだ
 翔子は持って来たスポーツバッグを抱えながら玄関を出たところで、ふらふらこちらへ歩いて来る撫子とばったり出会った。
「撫子、おはよう」
「今、何日何時何分何十秒?」
 虚ろな目をした撫子は出会ってすぐにこんな質問をして来た。翔子は少し不思議な顔をした。
「二十三日八時半過ぎ……くらいだけど?」
「ふにゃ〜、うげ〜、うぴょ〜ん」
「……大丈夫?」
「ダメ」
 今の撫子は心身ともに衰弱しきっていて、自分が何を言っているのかすらもわかっていない。
「撫子、ひとつだけ聞いていいかな?」
「おひとつどーぞー」
「何で昨日と同じ服装なの?」
 昨日、翔子が撫子宅を訪ねた時と同じ格好を撫子はしていた。それにはちゃんとした理由があるのだが、撫子は翔子に教えなかった。
「そこら辺の件についてはノーコメントってことで」
 組織の任務に関係する事柄だったので口外することができないのだ。そう、撫子は今日の朝まで雪夜の家で遭難していたのだ。
 腕を地面に垂らしてぶらんぶらんしている撫子はそのまま自分の部屋に帰ろうとしたのだが、翔子は撫子の背中を引っ張って強引にそれ阻止した。
「ちょっと待って」
「にゃあに?」
「料理作ってるって言ってたよね?」
 今の今まで元気のなかった撫子が突然、胸を張って大きな声を出した。
「おうよ、料理だったら人に教えられるくらいの腕前さ」
「じゃあさ、私に教えて!」
「食べるの専門って言ってにゃかったけ?」
 昨日は撫子に料理作りを勧められた時、『私は食べる専門でいいや』と言っていた翔子であるが、好きな人に自分の料理を食べさせてあげたいという気持ちが芽生えて翔子は料理の勉強をすることを決意した。
「昨日は昨日、今日は今日。私は料理の上手な女の子に生まれ変わるの」
「ふ〜ん、愁斗クンが翔子料理食べたいにゃ〜って言ったとか?」
「ううん、違うの、そうじゃないんだけど、愁斗くんに食べてもらいたいっていうのは本当かな」
「爆裂花嫁街道まっしぐら修行中瀬名翔子中学二年生の乙女って感じだね。青春を桜花爛漫してるねぇ。そんな翔子にアタシからのビッグプレゼント!」
 ある物を思い出した撫子はポケットからそれを出して翔子に手渡した。
「なにこれ?」
「新しくできたテーマパークペアチケット、クリスマス・イヴだけ有効だからね。愁斗クンとデートを満喫しておいで」
「ありがとう、本当にもらっちゃっていいの?」
「どーぞ、どーぞ、持ってけ泥棒」
 大喜びをして翔子はチケットをポケットにしまった。その顔はにやにやしている。
「ありがとう、がんばるね!」
「おう、じゃ、アタシは寝るから」
 再びだらんと腕を垂らした撫子は自分の部屋に帰って行った。
 ぶらぶら翔子が歩いていると前方から二人組みの女の子歩いて来た。いつもは三人一緒にいることが多いのだが、今日は久美と麻衣子しかいない。
 久美は無言で翔子に頭を下げて、麻衣子が挨拶をして来た。
「翔子先輩おはようございます」
 聞くほどのことでもないのだが、いつも三人いるのになぜだろうと思い、翔子は聞いてしまった。
「沙織ちゃんはどうしたの?」
 久美と麻衣子は顔を見合わせた。二人だけの時も当然あるだろうが、本当は?三人?でいるはずだったのだ。
 麻衣子が少し不安そうな顔をして翔子に事情を話しはじめた。
「実は沙織さんと一緒に遊ぶ約束していたのですが、どこにいるかわからないんです」
「翔子先輩は沙織見かけませんでした? ケータイも出ないし、家にもいないみたいなのよね。沙織が約束破るなんてあんまりないから、少し心配で……」
 沙織は人に嫌われたりすることを恐れていて、大事な約束を破るようなことはしたことがなかった。だが今、沙織は友達との約束を忘れてしまうような場所にいた。
 翔子は時にはそんなこともあるだろうと軽く考えていた。
「何か急用ができたんだよ、きっと」
「でも、そうでしたら連絡をして来るはずです」
 麻衣子は少し強い口調でそう言った。彼女は沙織に絶対の信頼をしていて、連絡がないということは事件や事故に沙織が遭ってしまったのではないかと考えていたのだ。
 それは久美も同じだった。
「この子のことだから、変な人に行っちゃったとかありえるのよね」
 本当に友人のことを心配する二人の表情を見て、翔子は先ほどの自分の考えを撤回した。
「私も沙織ちゃんのこと見つけたら二人に連絡するから、ね?」
「ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません」
 麻衣子は翔子に頭を下げて、久美もすぐにこう頼みながら少しだけ頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「うん、じゃあ、二人ともバイバイ!」
 二人と別れて翔子は歩き出した。
 しばらくして、後ろから人の驚くような声が聞こえたような気がして、翔子は急いで振り返ったが何もなかった。
「気のせいか、二人とも、もう行っちゃったのかぁ」
 翔子は気がついていない様子だが、久美と麻衣子は翔子が見ていないうちに空間に溶けるようにして姿を消してしまっていたのだ。
 何も知らないまま再び歩き出す翔子。
「早く荷物持って愁斗くんち行かなきゃ」
 早くと言いながらものんびりと歩いてやっと翔子の家が見えて来た。
 自宅に辿り着いた翔子はすぐに玄関を開けて家の中に入った。一日しか経っていないけれど、懐かしいというか、新鮮な感じがする。
 翔子はまずスポーツバッグの中に入った洗濯物を洗濯機の中に放り込んで、洗濯機を回してから二階の自分の部屋に向かった。
 静かな家の中に階段を上る音が響く。
 自分の部屋に戻った翔子は服を適当にバッグの中に詰め込んでいって、最後にお気に入りの服をデート用に入れた。
 バッグを抱えた翔子がふと窓の外を見ると雪村麗慈がいた。
 翔子は慌てた。まさか、あの麗慈が現れるなんて!
 道路を歩いている麗慈はどこに向かっているのか歩き去ってしまう。
 急いで翔子は家を飛び出して麗慈を追った。
「麗慈くん待って!」
 麗慈の背中に向かって大きな声を出した。
 足が止まり微笑んだ麗慈の顔が振り向いた。
「やあ、翔子ちゃん久しぶり」
「あ、あの……」
 追いかけて来たが、何をしゃべっていいのかわからなかった。
 翔子は以前、麗慈の命令で撫子にさらわれたことがある。だが、翔子はさらわれた時、ほとんど気を失っていたので、後で愁斗からいろいろな話を聞いたが、麗慈が悪い人だったという実感があまりしなかった。翔子は学校や部活での麗慈の顔しか知らないのだ。
「何もないなら俺は行くよ」
「あ、麗慈くんって本当に愁斗くんのこと殺そうとしてたの?」
「ククッ、そうだよ」